「嫌われたくない」がご縁を遠ざける 〜好かれようとしすぎない婚活を、アドラー心理学から考える〜

ショパン・マリアージュ(「音楽で心を調律し恋愛心理学でご縁を育てる」釧路市の結婚相談所)
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はじめに――婚活で最も見えにくい「努力の逆説」 
  婚活をしている人の多くは、決して怠けているわけではない。 むしろ真面目である。 相手に失礼のないように言葉を選び、服装を整え、プロフィールを何度も書き直し、お見合いの前には相手の趣味を調べ、会話が途切れないよう話題を準備する。 「今日は相手に楽しいと思ってもらいたい」 「感じのいい人だと思われたい」 「断られないようにしたい」 「嫌われたくない」 そう願う。 その気持ちは、決しておかしなものではない。 人は誰でも、自分を受け入れてほしいと思う。まして婚活は、ある意味では「選ばれること」が目に見える形で突きつけられる世界である。 お見合い後には返事がある。 交際希望か、お断りか。 仮交際に入っても、次のデートにつながるかどうかがある。 自分では楽しかったと思っていたのに、翌日「今回はご縁がありませんでした」と知らされることもある。 その瞬間、ただ一度のお見合いが、自分という人間全体への評価であるかのように感じられることさえある。 だからこそ人は考える。 「もっと感じよくしなければ」 「もっと相手に合わせなければ」 「もっと好かれるようにしなければ」 ところが、婚活には不思議な逆説がある。 **好かれようとすればするほど、ご縁が遠ざかることがある。** これは「愛想よくするな」という意味ではない。 「自分勝手になれ」という意味でもない。 相手への配慮や礼儀を捨てるということでもない。 問題なのは、 「相手を大切にする」 ことと、 「相手から嫌われないことを人生の最優先課題にする」 ことが、まったく違うということである。 前者には愛がある。 後者には恐怖がある。 前者では、 「あなたを尊重したい」 と思っている。 後者では、 「あなたから否定されたら私は耐えられない」 と思っている。 表面上はよく似ている。 どちらも優しい言葉を使い、相手に合わせ、微笑み、気遣うからである。 しかし、内側で流れている音楽はまるで違う。 一方は相手とのハーモニーを探している。 もう一方は、間違った音を出して見捨てられないよう、必死に譜面を追っている。 婚活とは、本来「評価される試験」ではない。 まして、自分という商品を上手にプレゼンテーションして買ってもらう場所でもない。 結婚とは、一人の人間がもう一人の人間と、 「この人となら、不完全な自分のまま人生を歩いていける」 と思える関係をつくることである。 だから婚活に必要なのは、万人から好かれる技術ではない。 たった一人の人と、本当の意味で出会える勇気である。 そしてアドラー心理学は、その勇気について、多くの示唆を与えてくれる。


 
 第1章 「嫌われたくない」という願いの正体 
  「嫌われたくない」 この気持ちを、単なる弱さとして片づけてはいけない。 そこには人間の根源的な願いが隠れている。 それは、 **「ここにいてもいいと思いたい」** という願いである。 人間は孤立して生きる存在ではない。 家族、友人、学校、職場、地域、社会。 さまざまな人間関係の中で、 「自分には居場所がある」 「自分は誰かの役に立っている」 「自分はこの世界の一員である」 という感覚を必要としている。 アドラー心理学では、この感覚を考えるうえで「共同体感覚」や「社会的関心」という概念が重要になる。 人は他者と協力しながら生きる存在である。 だから誰かに受け入れられたいと思うこと自体は、むしろ自然である。 問題は、 「誰かに受け入れられたい」 が、 「誰からも拒絶されてはいけない」 に変わったときである。 この二つは似ているようで、決定的に違う。 前者には願いがある。 後者には命令がある。 「好かれたらうれしい」 なら自由である。 しかし、 「好かれなければならない」 になると、人は自由を失う。 相手の表情が気になる。 返信速度が気になる。 LINEの句読点が気になる。 昨日まであった絵文字が今日はない。 「何か悪いことを言っただろうか」 デート中、相手が一瞬時計を見た。 「退屈しているのではないか」 少し沈黙した。 「会話が下手だと思われたかもしれない」 婚活が、恋人を探す活動ではなく、 **他人の顔色を読み続ける仕事** になってしまう。 そして、「嫌われたくない」と強く願う人ほど、自分の行動を相手の評価に合わせるようになる。 本当はイタリア料理が食べたいのに、 「何でもいいです」 と言う。 休日は家で本を読むのが好きなのに、相手がアウトドア好きだと知ると、 「私も結構、外に出るの好きですよ」 と言う。 子どもについて迷いがあるのに、 「もちろん欲しいです」 と言う。 結婚後も仕事を続けたいのに、 「相手が望むなら家庭に入ってもいいと思っています」 と言う。 その場では角が立たない。 相手も不快にならない。 けれども少しずつ、奇妙なことが起こる。 相手は思う。 「感じのいい人だけど、何を考えているのかよく分からない」 「優しいけれど、印象に残らない」 「僕に合わせてくれている感じがする」 「本当に楽しいのかな」 そして本人は、 「こんなに頑張っているのに、なぜ選ばれないのだろう」 と悩む。 だが、ご縁を遠ざけているのは、魅力が足りないからではない。 **自分という人間が、相手から見えなくなっているのである。** 


 第2章 好かれようとする人は、なぜ自分を隠してしまうのか 
  35歳の女性、仮に美咲さんとしよう。 美咲さんは礼儀正しく、仕事もでき、周囲からは「性格のいい人」と言われていた。 婚活を始めて半年。 お見合いは何度も成立する。 写真の印象もよく、プロフィールにも問題はない。 ところが交際が続かない。 男性からのお断り理由には、こんな言葉が並んだ。 「とても良い方なのですが、異性としてのイメージが湧きませんでした」 「話しやすかったのですが、もう少しお互いのことが分かればよかったと思います」 「優しい方でしたが、少し距離を感じました」 美咲さんは落ち込んだ。 「もっと会話を盛り上げた方がいいでしょうか」 相談員に尋ねた。 しかし、話を詳しく聞いてみると、美咲さんの問題は会話力ではなかった。 むしろ会話は上手だった。 相手が、 「旅行が好きです」 と言えば、 「いいですね。どこへ行かれるんですか?」 と尋ねる。 相手が、 「ゴルフをします」 と言えば、 「健康的で素敵ですね」 と返す。 相手が仕事について話せば、 「大変なお仕事ですね」 「責任のあるお仕事なんですね」 と丁寧に聞く。 完璧に近い。 ところが一時間のお見合いが終わったとき、男性は美咲さんのことをほとんど知らない。 どんな場所が好きなのか。 何をすると笑うのか。 何が苦手なのか。 どんな家庭をつくりたいのか。 何に腹を立てる人なのか。 何を大事にしているのか。 何も見えていない。 美咲さんは「会話」をしているのではなかった。 無意識のうちに、 **「相手に不快感を与えない接客」** をしていたのである。 そこで相談員が尋ねた。 「美咲さんは、お見合いで自分の意見を言うことはありますか」 彼女は少し考えた。 「相手と違う意見になりそうなら、あまり言わないですね」 「なぜですか」 「せっかくお見合いできたのに、そこで合わないと思われたら嫌なので」 「では、美咲さんは何回目くらいから本当の自分を出そうと思っていますか」 彼女は黙った。 しばらくして言った。 「……交際が安定してからでしょうか」 ここに、婚活の大きな落とし穴がある。 多くの人が、 **「まず好かれてから、自分を出そう」** と考える。 しかし相手からすると、 **「あなたがどんな人なのか分からないから、好きになる材料がない」** のである。 恋愛感情は、履歴書の条件だけから生まれるものではない。 多少の癖。 意外な好み。 不器用な部分。 独特の笑い方。 大切にしていること。 ちょっとしたこだわり。 そういう「その人らしさ」に触れたとき、初めて感情が動き始める。 完璧な人が愛されるのではない。 **輪郭のある人が愛されるのである。** 美咲さんは、それまで輪郭を消すことで安全を守ろうとしていた。 嫌われないために。 しかし輪郭を消した結果、誰からも深く見つけてもらえなくなっていた。 



 第3章 アドラー心理学の目的論から見る「いい人」 
  アドラー心理学の特徴の一つに、人間の行動を「原因」だけではなく「目的」から見る考え方がある。 たとえば、 「私は人見知りだから話せない」 という人がいる。 原因論的に考えれば、 「人見知りという性格が原因で話せない」 となる。 しかし目的論的に考えると、 「話さないことで何を守ろうとしているのだろう」 と考える。 失敗しないため。 恥をかかないため。 否定されないため。 傷つかないため。 もちろん、本人が意識的に計算しているという意味ではない。 人間は、自覚しないまま自分を守る行動様式を身につけることがある。 同じことが「いい人」にも起こる。 婚活において、 「私は相手に合わせてしまう性格です」 という人がいる。 だが、目的論から考えると問いが変わる。 **「合わせることで、何を避けようとしているのだろう」** 嫌われること。 衝突すること。 自分の希望を拒否されること。 「わがままな人だ」と思われること。 つまり、「優しさ」に見える行動の中に、 「拒絶を避けたい」 という目的が潜んでいることがある。 ここはとても大切なところである。 本当の優しさと、恐怖から生まれた迎合は違う。 たとえばデートで、 「何を食べたい?」 と聞かれ、 「あなたが好きなものでいいよ」 と答える。 一度なら優しさかもしれない。 しかし毎回そう答え、 「私は何でも大丈夫」 と言い続けるなら、その裏に、 「自分の希望を言って嫌な顔をされたくない」 という恐怖があるかもしれない。 そして皮肉なことに、その行動は相手にも負担を与える。 毎回、 「何でもいいよ」 と言われれば、相手はすべてを決めなければならない。 店。 日時。 場所。 旅行先。 結婚式。 住む場所。 人生設計。 一見、合わせてくれる人は楽に見える。 しかし長期的には、 「この人には意思がないのだろうか」 「いつも自分ばかり決めている」 という不満につながる。 結婚とは共同作業である。 共同作業には、「二人」が必要になる。 一人がすべて決め、もう一人が従うだけなら、それは共同ではない。 だから婚活では、 **「合わせられること」より、「一緒に決められること」** のほうが大切なのである。



 第4章 嫌われない人生と、愛される人生は違う 
  「嫌われないこと」と「愛されること」は、同じではない。 嫌われないためには、摩擦を減らせばよい。 反対しない。 主張しない。 断らない。 期待を裏切らない。 いつも笑顔でいる。 しかし愛されるためには、その人が存在しなければならない。 喜び。 悲しみ。 意見。 好み。 境界線。 人生観。 そうしたものを持った一人の人間として、相手の前に立たなければならない。 私は婚活における「自分らしさ」を、ピアノの音色に似ていると思うことがある。 誰にも不快感を与えない音だけを出そうとすると、演奏は平坦になる。 間違えない。 強すぎない。 弱すぎない。 テンポも乱れない。 技術的には整っている。 けれど、心に残らない。 一方、名演奏にはその人の解釈がある。 ここで少し間を取る。 ここは大胆に歌う。 ここでは静かに沈む。 すべての聴衆が同じように好きになるわけではない。 ある人は、 「感情的すぎる」 と言うかもしれない。 別の人は、 「この演奏こそ心に響く」 と言う。 人生も同じである。 自分らしく生きるとは、 「全員から80点をもらう」 ことではない。 ある人には50点かもしれない。 ある人には40点かもしれない。 しかし、ある一人に、 「私はこの人がいい」 と思ってもらえる可能性が生まれる。 婚活の目的は、100人から合格点をもらうことではない。 たった一人と、 **「あなたでよかった」** と言い合える関係をつくることである。 ならば、全員から嫌われないことを目指す必要はない。 むしろ、 「合わない人とは合わない」 という事実を受け入れることが、婚活を前に進める。 それは冷たいことではない。 誠実なことである。


 
 第5章 「課題の分離」――相手の気持ちは支配できない 
  日本でアドラー心理学を語る際によく用いられる考え方に、「課題の分離」がある。 簡単に言えば、 **「これは誰の課題なのか」** を考えることである。 婚活では、この視点がとても重要になる。 自分が誠実に話す。 これは自分の課題である。 相手の話を丁寧に聞く。 これも自分の課題である。 約束を守る。 自分の課題である。 自分の気持ちを適切に伝える。 自分の課題である。 では、 「相手が自分を好きになるか」 これは誰の課題だろう。 相手の課題である。 「相手が交際希望を出すか」 相手の課題である。 「相手が自分を魅力的だと思うか」 相手の課題である。 「結婚したいと思うか」 相手の課題である。 私たちは、ここを混同しやすい。 相手の気持ちまで自分の責任だと思ってしまう。 だから操作したくなる。 好かれる服を着よう。 好かれる話題を選ぼう。 好かれる返事をしよう。 好かれる頻度でLINEを送ろう。 もちろん工夫は悪くない。 問題は、 **「工夫すれば相手の気持ちをコントロールできる」** と思い始めることである。 人間の心は、そんなに単純ではない。 どれほど誠実に接しても、好きになってもらえないことはある。 どれほど優しくしても、相性が合わないこともある。 どれほど条件が良くても、恋愛感情が生まれないこともある。 その事実を認めるのは怖い。 しかし同時に、それは自由でもある。 なぜなら、 **「相手に好かれることまで、あなたの責任ではない」** からである。 あなたが引き受けるべきなのは、 「私はこの人に誠実だったか」 「私は自分の気持ちを偽らなかったか」 「私は相手を尊重したか」 「私は自分自身も尊重したか」 そこまでである。 その先の判断は相手に委ねる。 これができるようになると、婚活は大きく変わる。 お見合いが「合格試験」ではなくなる。 **「二人の相性を確かめる時間」** になるのである。 



 第6章 「選ばれる私」から「選ぶ私」へ 
  婚活が苦しくなる大きな理由の一つは、自分をいつも「選ばれる側」に置いてしまうことである。 「今日の男性は私をどう思っただろう」 「また会いたいと思ってくれただろうか」 「プロフィール写真より老けて見えたと思われなかっただろうか」 「話しすぎたかな」 「静かすぎたかな」 頭の中には、いつも架空の審査員がいる。 しかし忘れてはいけない。 あなたも相手を見ている。 相手だけが審査員なのではない。 あなたも人生を選ぶ当事者である。 ここで一つ、とても簡単な問いが役に立つ。 お見合い後、 「相手は私をどう思ったでしょうか」 と考える前に、 **「私はこの人と一緒にいると、どんな自分になっていたか」** と考える。 よく笑えたか。 緊張ばかりしていたか。 話を遮られなかったか。 自分の話にも興味を持ってくれたか。 意見が違ったとき、安心して話せたか。 少し沈黙しても苦しくなかったか。 自分を大きく見せなくてもよかったか。 逆に、小さくしなくてもよかったか。 これは非常に重要な視点である。 婚活では条件ばかり見てしまう。 年齢。 年収。 学歴。 職業。 身長。 家族構成。 居住地。 もちろん条件も大切である。 しかし結婚生活を毎日支えるのは、 **「その人の前で、どんな自分でいられるか」** である。 相手の前で四六時中演技しなければならない結婚は、やがて疲弊する。 結婚とは、舞台ではない。 楽屋まで共有する関係である。 だから婚活の段階から、少しずつ素顔が出せる相手を探した方がよい。


 
第7章 ケース1――「何でもいいです」と言い続けた美咲さん 
  先ほどの美咲さんは、面談の後、一つだけ宿題を出された。 次のお見合いから、 **「最低一つ、自分の好みを言う」** という宿題である。 難しい自己開示をする必要はない。 たとえば、 「コーヒーより紅茶派なんです」 「実は人混みが少し苦手なんです」 「私は旅行なら観光を詰め込むより、ゆっくり歩きたいタイプです」 その程度でよい。 次のお見合い。 男性が尋ねた。 「休日は外に出ることが多いですか?」 いつもの美咲さんなら、 「そうですね。外出も好きです」 と相手に合わせただろう。 しかし今回は少し考えて答えた。 「出かけるのも好きなんですけど、実は家で本を読んでいる休日もかなり好きなんです」 そして笑って、 「予定がない日って、ちょっと幸せなんですよね」 と言った。 男性は笑った。 「分かります。僕も予定を詰めすぎると疲れるタイプです」 そこから話が広がった。 好きな本。 休日の朝。 コーヒー。 散歩。 旅行。 以前のお見合いと違い、美咲さんには話す材料が生まれた。 なぜなら、「正解」を探すのをやめたからである。 さらに3回目のデート。 男性が、 「夏休みにキャンプに行くのが好きなんです」 と言った。 美咲さんは一瞬迷った。 以前なら、 「楽しそうですね。私も行ってみたいです」 と言っただろう。 しかし今回は、 「キャンプ、ちょっと憧れるんですけど、虫が本当に苦手なんです」 と言った。 男性は大笑いした。 「じゃあキャンプは無理ですね」 美咲さんも笑った。 「ホテルなら喜んで行きます」 「そこ重要ですね」 「かなり重要です」 二人は笑った。 その日の帰り、美咲さんは初めて、 「今日は疲れませんでした」 と言った。 以前のデートでは、帰宅するといつもぐったりしていた。 相手の顔色を読み続けていたからである。 その交際は、後に真剣交際へ進んだ。 もちろん「自分を出したから必ず成婚する」という話ではない。 重要なのは別のところにある。 美咲さんは、 **「嫌われないための婚活」から、「知ってもらうための婚活」へ移った。** その瞬間、婚活の質が変わったのである。



 第8章 自分を出すことと、わがままになることは違う 
  ここで多くの人が心配する。 「自分を出したら、わがままになりませんか」 ならない。 自分を出すことと、相手を無視することはまったく違う。 たとえば、 「私は和食が食べたい」 これは自己表現である。 「私が和食を食べたいんだから和食にしなさい」 これは支配である。 「今日は少し疲れているので、早めに帰りたいです」 これは自己表現である。 「私が疲れているんだから、あなたも帰るべき」 これは支配である。 「私は結婚後も仕事を続けたいと思っています」 これは価値観の提示である。 「仕事を続ける私にあなたが合わせるべき」 となれば、話は別である。 アドラー心理学が大切にする対人関係は、上下ではなく協力である。 自分を消して相手に従う必要もない。 相手を従わせる必要もない。 大切なのは、 **「私はこう思う。あなたはどう思う?」** という関係である。 婚活で本当に必要なのは、同じ意見を持った人を探すことではない。 違う意見を持ったときに、 **一緒に話し合える人を探すこと** である。 夫婦になれば、意見の違いはいくらでも生まれる。 お金。 家事。 仕事。 親との関係。 住む場所。 子ども。 休日。 旅行。 食事。 睡眠。 部屋の温度まで違う。 「全部同じ人」など存在しない。 だから相性とは、 「違いがないこと」 ではなく、 **「違いを扱えること」** なのである。



 第9章 ケース2――優しすぎた健太さん 
  41歳の健太さんは、穏やかな男性だった。 年収も安定しており、誠実。 相談員から見ても結婚向きに見えた。 ところが仮交際が続かない。 女性からよく言われるのが、 「優しい方ですが、少し頼りなく感じました」 という言葉だった。 健太さんは納得できなかった。 「女性には優しくした方がいいんですよね?」 もちろんそうである。 しかし話を聞くと、健太さんの「優しさ」は少し極端だった。 「どこへ行きたいですか?」 「どこでも大丈夫です」 「何を食べたいですか?」 「何でも大丈夫です」 「土曜日と日曜日、どちらがいいですか?」 「どちらでも合わせます」 女性が、 「健太さんはどうしたいですか?」 と尋ねても、 「僕は本当に何でもいいので」 と答える。 一見、寛容である。 だが女性から見ると、 「私に興味がないのかな」 「自分の意見がないのかな」 「全部こちらが決めなければならないのかな」 と感じる。 面談で相談員が聞いた。 「どうして自分の希望を言わないんですか?」 健太さんは答えた。 「僕の希望を言って、相手が嫌だったら悪いので」 「では、相手の希望と違ったらどうなると思いますか?」 「嫌われるかもしれません」 ここにも「嫌われたくない」があった。 そこで健太さんに提案した。 「合わせる前に、一度、自分の希望を言ってください」 次のデート。 女性から、 「次、何を食べましょうか」 と聞かれた。 健太さんは、 「僕はお蕎麦が好きなので、もしよければ美味しいお店があります。ただ、○○さんが別のものがよければ探しましょう」 と言った。 この一言は小さい。 しかし決定的に違う。 「僕はこうしたい」 があり、 「あなたはどうですか」 がある。 自分もいる。 相手もいる。 これが対等な関係である。 女性は、 「お蕎麦いいですね。行きたいです」 と答えた。 健太さんは後で言った。 「こんなことなら、もっと早く言えばよかったですね」 そう。 人間関係の多くは、 「自分の意見を言ったら嫌われる」 ほど壊れやすくない。 そしてもし、 「蕎麦が食べたい」 と言った程度で嫌われる関係なら、結婚後はもっと難しい。 婚活には、少し早めに「違い」を発見した方がよい場合さえある。 



 第10章 劣等感が「いい人」をつくるとき 
  アドラーは劣等感そのものを悪いものとは考えなかった。 人は誰でも、 「もっとよくなりたい」 「できるようになりたい」 という感覚を持つ。 それは成長の力にもなる。 問題は、 「今の自分には価値がない」 という思いに飲み込まれたときである。 婚活で「嫌われたくない」が強い人の心には、ときどき次のような前提が隠れている。 「本当の私を知ったら、好きになってもらえない」 これは苦しい信念である。 だから自分を加工する。 明るく見せる。 優しく見せる。 知的に見せる。 家庭的に見せる。 頼もしく見せる。 若く見せる。 余裕があるように見せる。 もちろんプロフィール写真を整えたり、服装を工夫したりするのは悪いことではない。 人と会う以上、身だしなみは相手への敬意でもある。 しかし、 「整える」 ことと、 「偽る」 ことは違う。 整えるとは、 自分をよりよく伝えること。 偽るとは、 本当の自分では愛されないと思うこと。 婚活で最も苦しいのは、後者である。 なぜなら仮に好かれたとしても、不安が終わらないからだ。 「この人が好きなのは、本当の私ではない」 と感じるからである。 すると交際が進むほど怖くなる。 いつ本性がばれるだろう。 いつ失望されるだろう。 いつ見捨てられるだろう。 その結果、ますます演技を続ける。 皮肉な循環である。 本当に必要なのは、 「誰からも好かれる完璧な自分」 になることではない。 **不完全な自分のまま、人と関係を結ぶ勇気** を育てることである。



 第11章 「勇気づけ」とは、成功すると信じることではない 
  アドラー心理学では「勇気」が重要である。 しかしここでいう勇気は、 「絶対うまくいく」 と思い込むことではない。 婚活で必要な勇気とは、 **「うまくいかない可能性があっても、自分らしく関わること」** である。 たとえば告白。 成功すると分かっているなら、勇気はいらない。 断られるかもしれない。 それでも伝える。 そこに勇気がある。 婚活も同じである。 この意見を言ったら合わないと思われるかもしれない。 それでも丁寧に伝える。 この希望を言ったら断られるかもしれない。 それでも言う。 自分から誘ったら、断られるかもしれない。 それでも誘う。 「また会いたいです」 と言って、相手が同じ気持ちでない可能性もある。 それでも伝える。 勇気とは恐怖が消えることではない。 **恐怖より大切なものを選ぶこと** である。 婚活において、その「大切なもの」とは何だろう。 誠実さ。 自分らしさ。 相手への尊重。 人生への責任。 愛する可能性。 それらを守るために、少し嫌われる可能性を引き受ける。 このとき、人は初めて自由になる。


 
 第12章 「断られた=価値がない」ではない
  婚活では断られる。 これは避けられない。 しかも、ときに理由も分からない。 話が盛り上がった。 笑っていた。 相手も楽しそうだった。 なのに断られた。 すると人は、自分の中から理由を探す。 「太っているからだ」 「年齢のせいだ」 「収入が低いからだ」 「会話が下手だからだ」 「魅力がないからだ」 しかし、本当にそうだろうか。 相手の心には、相手にしか分からない事情がある。 以前の恋人に似ていた。 別の交際相手との関係が進んでいた。 家族観が少し違った。 話し方のテンポが合わなかった。 何となく感覚が違った。 理由を本人もうまく説明できないことさえある。 恋愛とはそういうものである。 にもかかわらず、 「断られた」 という一つの出来事を、 「私は価値がない」 という人生全体の判決にしてしまう。 これはあまりにも重すぎる。 ある人に選ばれなかったことと、あなたの価値は別である。 たとえば、ショパンが好きな人もいれば、モーツァルトが好きな人もいる。 「私はモーツァルトの方が好きです」 と言われたからといって、ショパンの価値が失われるわけではない。 好みは価値判定とは違う。 婚活も同じである。 ある人に、 「私とは違う」 と思われる。 それは、 「あなたには価値がない」 という意味ではない。 むしろ、 **合わない関係を早く終えられた** と考えることもできる。 婚活の目的は、お断りをゼロにすることではない。 合わない人との関係を適切に終えながら、合う一人に近づいていくことである。 だから、 「断られない婚活」 ではなく、 **「断られても、自分を失わない婚活」** を目指した方がよい。



 第13章 好きになってもらう前に、自分が相手を好きになれるかを見る 
  「嫌われたくない」が強い人には、もう一つ特徴がある。 相手に好かれることばかり考えて、自分の気持ちが置き去りになる。 お見合い後、 「交際希望を出してくれるでしょうか」 と心配する。 相談員が、 「あなたはどうでしたか?」 と聞くと、 「悪くなかったです」 と言う。 「また会いたいですか?」 「向こうが会いたいなら……」 これは婚活でよく起きる。 しかし恋愛は、相手から選ばれれば完成するものではない。 あなた自身も選ぶ。 だからデート後には、 「嫌われなかったか」 ではなく、次の問いを持ってほしい。 「私は楽しかったか」 「もっとこの人の話を聞きたいと思ったか」 「もう一度会ってみたいと思ったか」 「この人の前で無理をしていなかったか」 「大切に扱われたか」 「私も相手を大切にしたいと思えたか」 この問いを持つと、人は評価の舞台から降りることができる。 相手の目の中だけに自分の価値を探さなくなる。 それは自己中心的になることではない。 むしろ対等になることである。 



 第14章 「沈黙を埋めなければ嫌われる」という思い込み 
  婚活では、沈黙を怖がる人が多い。 「会話が途切れたら気まずい」 「退屈な人だと思われる」 だから質問を連発する。 仕事は? 趣味は? 旅行は? 兄弟は? 休日は? 好きな食べ物は? 会話ではなく面接になってしまう。 しかし親密な関係とは、本当に会話が途切れない関係だろうか。 長く一緒に暮らす夫婦は、ずっと話しているわけではない。 同じ部屋で別々のことをしている。 車の中で黙って景色を見る。 一緒にテレビを見る。 朝、新聞を読む。 安心できる関係には、沈黙がある。 だから婚活でも、沈黙をすべて失敗だと思わなくてよい。 数秒の間があったら、笑って、 「ちょっと静かになりましたね」 と言ってもいい。 「こういう間、私はけっこう嫌いじゃないんです」 と言ってもいい。 完璧な会話をしようとするより、その場に一緒にいることを楽しめる方が、ずっと親密さにつながる。



 第15章 「NO」を言える人ほど、安心して「YES」と言える 
  恋愛では「YES」が重要だと思われている。 誘いに応じる。 相手の希望を受け入れる。 愛情を示す。 もちろん大切である。 しかし、健全な関係にはもう一つ必要な言葉がある。 **「NO」** である。 嫌われたくない人は、NOを言うのが苦手だ。 「今日は会えない」 「それは少し苦手です」 「その言い方は悲しいです」 「私はそこまではしたくありません」 「今はまだ決められません」 こういう言葉が怖い。 NOを言った瞬間、相手が離れていくように感じる。 しかし考えてみてほしい。 NOを言えない人のYESに、どれほどの意味があるだろう。 何を頼んでもYES。 どこへ行ってもYES。 何をされてもYES。 それでは、本当に望んでいるのか分からない。 反対に、NOを言える人が、 「あなたと一緒にいたい」 と言えば、そのYESには重みがある。 自分の意思で選んだYESだからである。 結婚とは、永遠に相手に従う契約ではない。 二人が何度もYESとNOを出し合い、調整しながら生活することである。 だから婚活の段階から、小さなNOを言えることは大切である。 それは関係を壊すためではない。 **本物の関係をつくるためである。**



 第16章 ケース3――LINEの返信に怯えていた由紀さん 
  32歳の由紀さんは、仮交際に入ると急に不安が強くなった。 お見合いまでは落ち着いている。 ところがLINEを交換すると、相手の反応が気になって仕方がない。 朝送ったメッセージに昼まで返信がない。 スマートフォンを見る。 午後3時。 まだない。 午後6時。 既読になった。 しかし返事がない。 「何かまずいことを書いたかな」 昨日のメッセージを読み返す。 「今日は楽しかったです。またお会いできたらうれしいです」 普通である。 それでも不安になる。 午後8時。 返信。 「こちらこそありがとうございました。また予定確認しますね」 由紀さんはほっとする。 しかし今度は、 「絵文字がない」 ことが気になる。 「前は絵文字があったのに」 翌日、彼女は相談員に電話した。 「脈がなくなったのでしょうか」 相談員は尋ねた。 「由紀さんは次に会いたいですか?」 「会いたいです」 「では、それは伝えましたか?」 「はい」 「では今、由紀さんができることは?」 彼女は黙った。 ここで課題の分離が役に立つ。 メッセージを送るのは由紀さんの課題。 返信するのは相手の課題。 会いたいと伝えるのは由紀さんの課題。 会うかどうか決めるのは相手の課題。 返信を待つ間、相手の心の中へ入り込んで、 「私を好きになれ」 と操作することはできない。 由紀さんはこのことを理解してから、自分に一つルールをつくった。 **「送った後は、自分の生活に戻る。」** 仕事。 友人。 読書。 料理。 運動。 婚活以外の人生。 不思議なことに、その方が交際も安定した。 なぜならLINEが「相手の愛情を測る心電図」ではなくなったからである。


 
 第17章 恋愛の不安をゼロにしようとすると、恋愛そのものができなくなる
  恋愛には不確実性がある。 この人は私を好きだろうか。 この関係は続くだろうか。 結婚できるだろうか。 将来も愛してくれるだろうか。 答えは誰にも分からない。 だから怖い。 すると人は、安全を求める。 絶対に振られない人。 絶対に浮気しない人。 絶対に自分を好きでいてくれる人。 絶対に価値観が変わらない人。 しかし、そんな保証は存在しない。 結婚とは、不確実性を消してから始めるものではない。 不確実性を含んだ人生を、 「それでも、この人と歩いてみよう」 と選ぶことである。 愛には、少しだけ勇気が必要なのである。 嫌われたくない人は、その不確実性に耐えられない。 だから相手を確認する。 「私のこと好き?」 「本当に?」 「どれくらい?」 「前の人より好き?」 一時的には安心する。 しかし安心は長続きしない。 また確認したくなる。 愛情確認には終わりがない。 本当に必要なのは、相手から無限に保証をもらうことではない。 **保証がなくても関係を築ける自分になること** なのである。 



 第18章 相手を喜ばせることと、相手の機嫌を取ること 
  この二つもよく似ている。 好きな人を喜ばせたい。 それは美しい感情である。 誕生日にプレゼントを考える。 疲れていたら気遣う。 好きな料理を作る。 相手の話を聞く。 しかし、 「喜ばせたい」 が、 「機嫌を損ねてはいけない」 になると関係は変わる。 相手が不機嫌になるたび、自分が悪いと思う。 相手が黙ると謝る。 相手が怒ると譲る。 やがて自分の人生が、相手の感情を管理する仕事になる。 しかし相手の感情は、相手の課題である。 もちろん自分が失礼なことをしたなら謝ればよい。 だが、自分が適切に意見を伝えただけなのに相手が不機嫌になった場合、その不機嫌まで引き受ける必要はない。 健全な夫婦には、 「相手が少し不機嫌でも、自分を失わない」 力が必要である。 婚活の段階でも、それを見ることができる。 自分が違う意見を言ったとき、相手はどう反応するか。 希望を断ったとき、態度が急に冷たくならないか。 話し合おうとしてくれるか。 こうした場面には、その人の人間関係のスタイルが表れやすい。 



 第19章 「いい人」と「都合のいい人」の境界 
  婚活では、 「優しい人がいい」 という希望をよく聞く。 しかし優しさとは何だろう。 何でも言うことを聞くことではない。 本当に優しい人は、ときに意見を言う。 「それは無理しなくていいと思う」 「僕は少し違う考えだな」 「今日は休んだ方がいいんじゃない?」 と。 優しさとは、相手の欲望を全部叶えることではない。 相手を一人の人間として尊重することである。 そして自分自身も一人の人間として尊重することである。 自分ばかり我慢する関係は、長続きしない。 我慢には利子がつく。 最初は小さな不満でも、何年も積み重なれば大きな怒りになる。 「私はずっとあなたに合わせてきた」 という言葉が、ある日突然出てくる。 しかし相手は驚く。 「合わせてほしいなんて言っていない」 この悲劇は、婚活の早い段階から始まっていることがある。 だから、小さな希望を言う。 小さな違いを出す。 小さなNOを言う。 それは将来の大きな恨みを防ぐためでもある。



 第20章 ケース4――「完璧な女性」を演じた沙織さん 
  38歳の沙織さんは、料理が得意だった。 掃除も好き。 仕事も安定している。 婚活プロフィールには、 「家庭的で穏やかな家庭を築きたい」 と書いた。 それ自体は本心だった。 しかし婚活を始めると、彼女は「家庭的な女性」を演じすぎるようになった。 男性が、 「料理しますか?」 と聞けば、 「毎日します」 と言う。 実際には週に3日ほどだった。 「休日は何をしていますか?」 「掃除や料理ですね」 本当は映画館へ行くのが大好きだった。 「結婚したら旦那さんに何をしてあげたいですか?」 「毎日温かいご飯を用意したいです」 本当は仕事も大事にしたかった。 なぜそう言うのか尋ねると、 「男性は家庭的な女性が好きだと思うので」 という答えだった。 ここで大切なのは、 「男性は家庭的な女性が好きかどうか」 ではない。 仮にそういう男性が多かったとしても、 **沙織さんが誰とどんな結婚をしたいのか** が消えていることである。 婚活で市場調査ばかりしていると、自分が商品になってしまう。 「男性ウケする女性」 「女性ウケする男性」 もちろん第一印象をよくする工夫はあってよい。 しかし結婚は広告ではない。 購入後に別の商品が出てきたら、お互いに困る。 沙織さんはプロフィールと会話を少し変えた。 「料理は好きですが、毎日完璧に作るタイプではありません。忙しい日は外食やお惣菜も上手に使いながら、二人で無理なく暮らしたいです」 そして、 「映画館が好きで、月に1〜2回、一人でも観に行きます」 と書いた。 以前より「理想の家庭的女性」からは遠ざかったかもしれない。 しかし沙織さんという人間には近づいた。 それでよい。 婚活とは、理想像へ近づく競争ではない。 **自分と人生を共にできる人を探す作業** なのだから。



 第21章 他人の期待に応える人生は、どこかで息切れする 
  「嫌われたくない」人は、婚活だけでそうなるわけではないことが多い。 子どもの頃から、 「いい子」 だった人もいる。 親を困らせない。 先生の期待に応える。 友達に嫌われないようにする。 会社では頼まれた仕事を断らない。 「大丈夫?」 と聞かれると、本当は苦しくても、 「大丈夫です」 と言う。 こうして何十年も、 **「期待に応えることで居場所を得る」** という生き方をしてきた。 婚活ではそれが一気に表面化する。 相手が望んでいそうな自分になる。 しかし結婚生活は長い。 毎日である。 10年。 20年。 30年。 期待に応え続ける演技は、いつか終わる。 だから婚活では、 「相手が求める人になれるか」 より、 「この人の前で私は長く自分でいられるか」 を見る必要がある。 結婚とは、最高の自分を見せ続ける場所ではない。 疲れた自分。 機嫌の悪い自分。 失敗する自分。 老いていく自分。 病気になる自分。 そうした姿も少しずつ共有する場所である。 だから婚活段階から、完璧な自分だけを見せる必要はない。 むしろ、 「今日は仕事でちょっと疲れていて」 「実は方向音痴なんです」 「料理は好きなんですが、片づけはあまり得意じゃなくて」 そんな小さな不完全さが、関係を人間らしくする。


 
 第22章 共同体感覚――「私は好かれるか」から「私たちは何を築けるか」へ 
  アドラー心理学を婚活に生かすうえで、最も深いテーマの一つが共同体感覚である。 婚活が苦しくなると、意識が自分に集中する。 私はどう見えるか。 私は好かれるか。 私は選ばれるか。 私は魅力的か。 私は失敗していないか。 しかし、この「私、私、私」という状態は、実はとても孤独である。 相手が目の前にいるのに、相手を見ていない。 相手の目に映る自分ばかり見ている。 鏡を見ながら会話しているようなものだ。 共同体感覚の視点に立つと、問いが変わる。 「私はどう評価されるか」 ではなく、 **「私たちは、この時間をどう過ごせるか」** になる。 会話が途切れたら、 「私の会話力が低い」 ではなく、 「二人でどんな話なら楽しくなれるだろう」 と考える。 意見が違ったら、 「嫌われた」 ではなく、 「違う二人がどう理解し合えるだろう」 と考える。 結婚観が違ったら、 「私が合わせなければ」 ではなく、 「この違いは二人で調整できるものだろうか」 と考える。 主語が「私」から「私たち」へ変わる。 これは依存とは違う。 自分を失って「相手」に吸収されるのでもない。 自分と相手の間に、 **「二人の関係」** という第三のものを育てるのである。


 
 第23章 婚活で本当に見るべき「対等性」 
  アドラー心理学では、対人関係を上下関係として捉えないことが大切である。 婚活でも同じである。 年収が高いから上。 年齢が若いから上。 容姿がよいから上。 学歴が高いから上。 お見合い申込みを受けた側が上。 そんな関係ではない。 二人は対等である。 条件が違っても、人間の尊厳は等しい。 ところが「嫌われたくない」が強くなると、無意識に相手を上に置く。 「こんな素敵な人が私に会ってくれた」 「断られないようにしなければ」 この瞬間、関係は縦になる。 自分が下。 相手が上。 下にいる人は、本音を言いにくい。 評価されるからである。 しかし結婚は上下関係では続かない。 だからこそお見合いの段階から、 「会っていただいた」 だけではなく、 **「お互いに時間をつくって会った」** と考える。 「選んでもらう」 だけではなく、 **「お互いに選ぶ」** と考える。 この小さな認識の違いが、話し方、表情、姿勢を変える。


 
 第24章 好かれようとしない人は、なぜ魅力的に見えるのか 
  人は、不思議なほど「無理をしている感じ」を察知する。 相手に合わせすぎる。 笑いすぎる。 褒めすぎる。 自分をよく見せようとしすぎる。 すると会話のどこかに緊張が生まれる。 逆に、好かれることだけに執着していない人には余白がある。 相手の反応を待てる。 沈黙できる。 違う意見も笑って言える。 自分を過度に飾らない。 それが安心感につながる。 なぜなら相手も、 「この人の前では自分も演技しなくてよさそうだ」 と思えるからである。 つまり、 **自分らしくいる勇気は、相手にも自分らしくいる許可を与える。** これは婚活における非常に大きな魅力である。



 第25章 実践1――「何でもいい」を一日一回減らす
  ここからは具体的な実践を考えたい。 最初から大きな自己主張をする必要はない。 まず、 「何でもいいです」 を一つ減らす。 「何が食べたい?」 「和食がいいな」 「どこへ行きたい?」 「静かなカフェがいいです」 「映画は何が好き?」 「私はミステリーが好きです」 この程度でよい。 自分の希望を言う。 そして相手の希望も聞く。 「私は和食がいいけど、あなたはどう?」 これが共同である。 



 第26章 実践2――お見合い後の反省会を変える
  多くの人は、お見合い後に、 「あれを言わなければよかった」 「もっと笑えばよかった」 と反省する。 これを次の3問に変えてみる。 1. 私は相手を尊重できたか。 2. 私は自分を偽りすぎなかったか。 3. 私はこの人をもう少し知りたいか。 この3問で十分である。 「好かれたか」は最後でよい。


第27章 実践3――小さな自己開示を一つする 

  毎回のデートで、一つだけ「自分らしい話」をする。 たとえば、 「実は朝が弱いんです」 「昔ピアノを習っていました」 「一人旅が好きです」 「雨の日がけっこう好きです」 「日曜日の夕方は家でのんびりしたいタイプです」 大げさな秘密を話す必要はない。 小さな自己開示が、二人の間に温度をつくる。



 第28章 実践4――違いを喜ぶ練習 
  相手と違う意見が出たとき、 「合わない」 と即断しない。 まず、 「へえ、私は逆です」 と言ってみる。 たとえば、 「旅行は計画を立てたい」 「私は現地で決めたいタイプです」 そこで、 「合わない」 ではなく、 「旅行したらどうする?」 と話してみる。 「前半は計画して、後半は自由にしよう」 という答えが出るかもしれない。 結婚とは、その繰り返しである。 



第29章 実践5――断られた日に、自分の価値を裁かない 
  お断りが来た日は落ち込んでよい。 悲しいなら悲しい。 期待していたならなおさらである。 ただし、 「だから私はダメだ」 という判決だけは保留する。 言葉を変える。 「私は断られた」 ではなく、 **「今回は関係が成立しなかった」** と。 主語を少し変えるだけで、世界は変わる。



第30章 成婚とは、「嫌われない関係」の完成ではない 
  最後に、結婚について考えたい。 結婚したら、もう嫌われる不安はなくなるだろうか。 そんなことはない。 夫婦でも喧嘩する。 意見が合わない。 怒る。 失望する。 ときには一人になりたいと思う。 それでも関係を続けていく。 良い結婚とは、 「一度も相手を嫌な気持ちにさせない関係」 ではない。 そんな関係は存在しない。 良い結婚とは、 **「嫌な気持ちになっても、また話し合える関係」** である。 婚活で身につけるべきなのは、相手から嫌われない技術ではない。 違いが生まれたとき、 「私はこう思う」 「あなたはそう思うんだね」 「では、どうしよう」 と話せる力である。 それこそが、結婚生活を支える。


 終章 たった一人に出会うために、全員から好かれようとしない 
  婚活をしていると、ときどき自分が競売に出されているような気持ちになることがある。 プロフィール。 写真。 年齢。 仕事。 年収。 学歴。 趣味。 そしてお見合い。 交際希望。 お断り。 数字と判定が続く。 だからいつの間にか、 「もっと価値のある自分にならなければ」 と思ってしまう。 しかしあなたは商品ではない。 結婚相手も商品ではない。 二人の人間が出会うのである。 不完全な人と、不完全な人が。 だから、完璧になるまで婚活を待つ必要はない。 もっと美しくなってから。 もっと痩せてから。 もっと稼いでから。 もっと会話が上手になってから。 もっと自信がついてから。 そうしていると、人生はいつまでも始まらない。 必要なのは、 **今の自分で、人と関係をつくる勇気** である。 もちろん成長はしてよい。 服装を整える。 会話を学ぶ。 相手への配慮を身につける。 生活を整える。 仕事を頑張る。 それらは素晴らしい。 しかし成長する理由を、 「今の自分では愛されないから」 にしないことである。 「よりよい関係を築きたいから」 でよい。 「嫌われたくない」 という願いは、人間らしい。 完全に消す必要はない。 誰だって嫌われれば傷つく。 好きな人ならなおさらである。 勇気とは、 「嫌われても平気になること」 ではない。 嫌われる可能性があっても、自分の言葉で話すこと。 拒絶される可能性があっても、相手を信頼して近づくこと。 断られる可能性があっても、 「私はあなたに会えてよかった」 と言えること。 そして何より、 相手に選ばれなかったときにも、 **自分自身だけは自分を見捨てないこと。** それが婚活における勇気ではないだろうか。 ある日、あなたは一人の人と向かい合う。 最初は他人だった人である。 好きな食べ物も違う。 育った家庭も違う。 考え方も違う。 歩く速ささえ違うかもしれない。 それでも不思議と、その人の前では無理に笑わなくてもいい。 話題を探し続けなくてもいい。 意見が違っても怖くない。 失敗しても、 「まあ、そんなこともあるよね」 と笑える。 あなたも相手を変えようとしない。 相手もあなたを型にはめようとしない。 そして、いつしか二人は思う。 「この人の前なら、ちゃんと自分でいられる」 それは派手な恋の始まりではないかもしれない。 胸を焦がすような劇的な瞬間でもないかもしれない。 けれど結婚という長い時間を支えるのは、案外その静かな感覚なのである。 誰からも好かれる人になる必要はない。 むしろ、誰からも好かれようとしなくてよい。 あなたが探しているのは「世間」ではない。 たった一人の人である。 100人に合わせる必要はない。 100人の期待に応える必要もない。 あなたがあなたとして立ち、 相手が相手として立ち、 その間に一つの関係を育てていけばいい。 アドラー心理学の言葉を婚活に置き換えるなら、幸福とは、 「私は愛される価値がある」 と証明し続けることではなく、 **「私はこの世界の一員として、誰かと協力し、誰かを大切にし、自分自身も大切にしながら生きていける」** という感覚に近いのだろう。 そして愛とは、評価ではない。 一方が一方に合格点を与えることでもない。 愛とは、共同作業である。 だから婚活で本当に必要なのは、 「どうすれば嫌われないか」 という技術ではない。 「私はどう生きたいのか」 「どんな人と人生を築きたいのか」 「その人の前で、私は誠実な自分でいられるか」 という問いである。 嫌われないために笑うのではなく、 楽しいから笑う。 嫌われないために合わせるのではなく、 大切にしたいから譲る。 嫌われないために黙るのではなく、 必要なときには自分の気持ちを伝える。 そして相手にも、 その人自身でいる自由を渡す。 そこから初めて、二人の関係は対等になる。 婚活とは、自分を消して誰かの理想になる旅ではない。 **自分という一つの音を失わずに、もう一つの音と調和できる相手を探す旅である。** すべての音と調和する必要はない。 ある音とはぶつかる。 ある音とは響かない。 それでいい。 人生には、すべての人と奏でる必要のない音楽がある。 ただ一人。 あなたの音を消さず、 自分の音も消さず、 二つの異なる音のまま、 「この響きが好きだ」 と思える人。 婚活とは、その人を見つけるための時間なのである。 だから次のお見合いで、少しだけ勇気を出してほしい。 「何でもいいです」 ではなく、 「私はこれが好きです」 と言ってみる。 「大丈夫です」 ではなく、 「今日は少し疲れています」 と言ってみる。 「あなたに合わせます」 ではなく、 「私はこう思うのですが、あなたはどうですか」 と言ってみる。 そして相手の表情を恐れすぎない。 あなたの意見を聞いて離れていく人がいるかもしれない。 それは失敗ではない。 あなたがあなたとして生き始めたからこそ、違いが見えたのである。 反対に、 「僕もそう思います」 と言う人がいるかもしれない。 「私は違うけれど、面白いですね」 と言う人もいるかもしれない。 「もう少し聞かせてください」 と言ってくれる人がいるかもしれない。 その瞬間、婚活は評価から対話へ変わる。 そして対話の先にだけ、本当の関係がある。 「嫌われたくない」 その気持ちを責めなくてよい。 ただ、その恐怖に人生のハンドルを握らせないことである。 好かれるために生きるのではなく、 **愛することのできる自分として生きる。** そのとき婚活は、誰かから選ばれるための活動ではなくなる。 一人の人間が、 一人の人間に出会い、 共に人生を奏でる相手を見つける営みになる。 そして、そのような出会いに必要なのは、完璧さではない。 必要なのは、 ほんの少しの勇気である。 自分である勇気。 相手を信じる勇気。 違いを恐れない勇気。 断られても立ち上がる勇気。 そして、 万人に好かれなくても、 たった一人と深くつながることのできる人生を選ぶ勇気なのである。 


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婚活の一覧。「決める」という暗示の強さ - はじめに 「決める」という行動は、人間の心理や行動に大きな影響を与える要因の一つです。恋愛心理学においても、この「決める」というプロセスが関与する場面は多岐にわたります。本稿では、「決める」という暗示が恋愛心理に及ぼす影響を詳細に考察し、具体的な事例を交えながらその重要性を検証します。1. 「決める」という行動と暗示の心理的基盤1.1. 暗示効果の基本理論 暗示効果とは、言葉や行動が人の思考や行動に無意識的に影響を及ぼす現象を指します。「決める」という行為は、自己効力感を高める一方で、選択を固定化する心理的フレームを形成します。例: デートの場所を「ここに決める」と宣言することで、その場の雰囲気や相手の印象が肯定的に変化する。1.2. 恋愛における暗示の特性 恋愛心理学では、相手への影響力は言語的・非言語的要素の相互作用によって増幅されます。「決める」という言葉が持つ明確さは、安心感を与えると同時に、魅力的なリーダーシップを演出します。2. 「決める」行動の恋愛への影響2.1. 自信とリーダーシップの表現 「決める」という行動は、自信とリーダーシップの象徴として働きます。恋愛においては、決断力のある人は魅力的に映ることが多いです。事例1: レストランを選ぶ場面で、男性が「この店にしよう」と即断するケースでは、相手の女性が安心感を持ちやすい。2.2. 相手の心理的安定を促進 迷いがちな行動は不安を生む可能性があります。一方で、決定された選択肢は心理的安定を提供します。事例2: 結婚プロポーズにおいて、「君と一緒に生きることに決めた」という明確な言葉が相手に安心感と信頼感を与える。2.3. 選択の共有感と関係構築 恋愛関係においては、重要な選択肢を共有することが絆を強化します。「決める」という行為は、相手との関係性を明確化するための重要なステップです。事例3: カップルが旅行先を話し合い、「ここに行こう」と決断することで、共同作業の満足感が高まる。3. 「決める」暗示の応用とその効果3.1. 恋愛関係の進展 「決める」という行動がもたらす心理的効果は、恋愛関係の進展において重要な役割を果たします。事例4: 初デート後に「次はこの日空いてる?」ではなく、「次は土曜にディナーに行こう」と提案することで、関係が一歩進む。3.2. 関

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