1. はじめに:同棲という選択肢の拡大
「結婚は人生の墓場」と言われる一方で、「結婚しなければ幸せになれない」と考える人もいる。しかし近年、結婚を飛び越えて、まずは“同棲”を選ぶカップルが増えている。特に都市部では家賃の高騰やリモートワークの浸透によって、経済的・効率的な理由から同棲を始めるケースが目立つ。
たとえば、東京で暮らす公務員の田中大輔さん(仮名・32歳)とアパレル販売員の村上恵里さん(仮名・30歳)は、交際1年で同棲を開始。家賃8万円の1LDKを二人で折半することで生活費の節約を図った。「結婚はまだわからないけど、一緒に住んでみないとわからないこともある」と語る田中さんのように、現代の若者は“生活実験”として同棲を捉える傾向が強い。
2. 同棲の心理的側面:恋愛心理学からの視点
恋愛心理学者スコット・スタンリーが提唱する「スライディング効果」は、同棲における重大な心理的落とし穴だ。カップルは自発的な選択(deciding)ではなく、惰性的な流れ(sliding)で同棲を始めがちだという。これは結婚においても同様で、"別れるのが面倒"という理由で結婚まで進んでしまう例がある。
例として、都内在住の20代後半のカップルが挙げられる。彼らは交際半年で同棲を開始。生活習慣の違いや金銭感覚のズレで衝突が絶えず、「別れるタイミングを見失ってずるずると同居を続けた」と語った。やがてどちらかが精神的に限界を迎え、夜逃げのように別居することになった。
2.2 同棲が愛情の幻想を壊す
同棲は「恋人」と「ルームメイト」の境界線を曖昧にし、関係性を変質させることがある。特に、家事分担や衛生観念の違いがストレスを生み、相手に対する幻滅が起こりやすい。
例として、交際3年目で同棲を始めた30代女性が「彼のだらしなさが目に余って、恋愛感情が消えた」と語っている。恋愛が生活に変わる瞬間、心理的負担は想像以上に重くのしかかる。
3. 同棲の社会的背景:社会学的アプローチ
社会学者アンソニー・ギデンズは、「純粋な関係性(pure relationship)」という概念を提示した。これは、制度や伝統に縛られず、感情的な満足を基盤にした関係性を指す。現代の日本社会においてもこの傾向は顕著で、「結婚してもしなくてもいい」という中立的な価値観が広がっている。
たとえば、兵庫県在住のフリーランスカップルは「結婚すると姓が変わる、扶養が面倒」として、同棲を続ける道を選んでいる。「形式より中身が大事」と彼らは言う。これは制度への不信とも言えるだろう。
3.2 経済的不安と結婚離れ
非正規雇用や就職氷河期世代の影響で、経済的不安を抱える若年層が増加。同棲は“結婚未満”の現実的な妥協点となっている。特に地方から都市へ出てきた若者にとっては、生活防衛的な選択だ。
4. 同棲における法的課題と現状
日本では同棲に法的効力がないため、財産分与、賃貸契約、社会保障などの面でトラブルが頻発する。別れた際の敷金・礼金や家具の所有権、連帯保証人の問題など、カップル間の「信頼」に頼りきった状態が続いている。
実際、ある女性は同棲相手の借金に気づいたが、家の名義が相手のもので退去を余儀なくされた。法的手段が取れず泣き寝入りしたケースも多い。
4.2 子どもと相続の問題
同棲中に子どもが生まれた場合、親権や認知の手続きが複雑で、特に相続問題が発生したときにトラブルになりやすい。法律婚と異なり、自動的な扶養関係が成立しない点が最大の違いだ。
5. 海外の事例に見る法整備の方向性
1999年に始まったPACS(連帯市民契約)は、婚姻に準じた法的効果を持つ制度であり、財産管理や税制上の配慮もある。PACSは手続きが簡素で、同棲関係に法的安定性をもたらした。
5.2 スウェーデンやオーストラリアの事例
スウェーデンでは婚外子が過半数を占め、パートナー法によって婚姻に近い保護がある。オーストラリアでは2年以上の同棲で「事実婚」扱いとなり、財産分与も裁判所が関与可能となる。
6. 日本における法整備の必要性と提案
民間でも「同棲契約書」を扱う弁護士が増えており、事前に契約書を交わすことで家事分担や費用負担、退去時のルールなどを明文化することが可能。これを行政が制度化すれば、カップルの権利保護に繋がる。
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