序論:アドラー心理学における注目と行動の力学
アドラーは、子どもの「悪さ」を単なる問題行動として表面的に見るのではなく、その背後に「注目されたい」「価値がある存在でありたい」という強い目的意識があると捉えた(Carlson & Englar-Carlson, 2012)。こうした行動はしばしば、大人の関心を引き寄せ、存在の確認や承認を求める手段となる。
第1章:注目を求める行動の発生背景
兄弟構成や家庭の雰囲気は、注目を求める行動に大きな影響を与える。例えば、あるカウンセリング事例では、長男が学業優秀で注目される家庭において、次男が学校でわざと遅刻や忘れ物を繰り返すことで教師や親の注意を引こうとするケースが見られた。これはアドラーが指摘する「誤った注目の目標」に該当する(Cameron et al., 2019)。
この少年のプライベートロジックでは、「良い子になるよりも、悪い子でいる方が注目される」という信念が形成されていた。家庭内での兄弟間の比較が、こうした信念を強化していた。
1-2 教育現場での観察例
ある小学校教師は、教室内で常に騒がしく、授業妨害を行う生徒についての記録を保持していた。この児童は家庭において育児放棄気味の扱いを受けており、学校が唯一の社会的接点であった。教師との面談では「先生が怒るときだけ自分を見てくれる」と発言しており、まさに注目を得るための行動であった(Hill, 2019)。
第2章:注目に失敗したときの心理的反動
注目を得ることに失敗した際、人は「自分には無理だ」「どうせやっても無駄だ」といった表現で、行動から撤退することがある。これはアドラーが「ライフスタイルの逃避型」と呼ぶ傾向であり、劣等感が固定化された状態を表している(Sweeney, 1998)。逃避型の人々は挑戦することによって失敗するリスクを避けるため、自らの無能さを演出する戦術を選び、期待や責任から逃れようとする傾向がある。
ある中学生の事例では、テストで何度もカンニングを行った末に発覚し、指導を受けた。その後「自分はバカだからどうせ無理」と投げやりな態度をとり、勉強を放棄した。この児童のカウンセリングでは、過去に兄や父から繰り返し「お前には無理だ」と言われていた体験が判明し、無能さを演出することで責任から逃れる戦術が形成されたと考えられた(Kelly & Lee, 2007)。
2-2 カウンセリングでの対応
このような子どもに対しては、「能力があるか否か」よりも「挑戦していること自体に価値がある」という認知の再構築が必要となる。実際、心理カウンセラーが「失敗しても挑戦したことは素晴らしい」と語りかけたことで、この生徒は徐々に学習意欲を取り戻し、補習に自主的に参加するようになった。
第3章:事例分析
ある家庭では、スポーツ万能な兄と比べられ続けた弟が、次第に家の物を壊したり、夜遊びを繰り返すようになった。家庭では弟の行動に対する叱責が続いたが、それにより「叱られる=注目される」という学習が成立していた。両親が叱るのをやめ、弟が協力的な行動をとったときにのみ肯定的な注目を与えるようにした結果、行動は劇的に改善された(Caterino & Sullivan, 2008)。
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