大河ロマン・オペラの巨匠　リヒャルト・ワーグナー

　１９世紀を代表するオペラ作曲家。自ら台本も執筆、オペラを総合芸術ととらえる独特の理論を展開した。

　18歳頃から作曲を学び、大悲劇オペラを書くことを夢見る。ヴュルツブルク、リガの劇場指導者を経て、借金を踏み倒してパリへ夜逃げする。

　貧乏に耐えて書いたオペラが認められドレスデン宮廷楽長となるが、１８４９年に革命派に組みしたためスイスに亡命。チューリヒでは富豪ヴェーゼンドンクの庇護を受けるがその妻との不倫がもとでヴェネツィアへ去る。ルツェルンなどを転々とした後、バイエルン国王ルートヴィヒ２世に招かれミュンヘンへ赴く。王の援助でバイロイトに理想の劇場を建て、数々のオペラを作曲した。

＜恋多き、そして借金も多い人生＞
　ワーグナーは、自分は無産階級出身ゆえに苦労が絶えないと考えていた。しかし歴史的に見て、成功した作曲家のほとんどは無産階級出身であり、生まれながらに裕福だったのはメンデルスゾーンぐらいだから、ワーグナーだけが貧しかった訳ではない。

　ワーグナーの問題は、常に支出が収入を上回り、借金せざるを得ない点にあった。いったい何に使ったのか。オペラ台本を書くための資料として、膨大な蔵書があった。そしておそらくは装身具類である。ワーグナーはとてもおしゃれだった。成功してからウィーンの有名ブティックへ出した注文書が残っているが、色や素材が細かに指定された文面からは、贅沢な衣類の数々が想像できる。

　二人目の妻コジマはフランツ・リストとフランスの伯爵夫人の娘であったが、夫ワーグナーの派手な金の使いっぷりにひどく驚いたという。

　ルートヴィヒ2世がパトロンになってからは経済的苦労はなくなったが、今度は当の王様がワーグナーのために金を使いすぎると周囲から批判された。

　踏み倒した借金は数知れなかったが、恋した女性も数知れなかった。最初の妻ミンナは人気女優で、年上の彼女に懇願するようにして結婚したが、貧乏生活に辟易した妻は、他の男と駆け落ちしかけたりしている。しかしワーグナーも裕福なフランス人の人妻と駆け落ちしかけたので、おあいこだろう。

　ワーグナーは女性に受けがよく、大金持ちの未亡人や貴族の女性から多くの援助を受けた。その中の一人が「こんなに尽くしても、ワーグナーさんが一番お好きなのはヴェーゼンドンクさんなのね」と言ったそのマティルデ・ヴェーゼンドンクとは、寄る辺なき時代のワーグナーを助けた大富豪の若く美しい妻である。

　さらに二人目の妻コジマは、ワーグナーの弟子ビューロの妻でありながらワーグナーの子を産んだというので一大スキャンダルとなった相手である（ミンナの死後、コジマは夫と離婚してワーグナーと正式に結婚した）。ヴェネツィアで客死する直前にも、若い歌手と怪しかったり、まさしく恋に彩られた生涯であったと言える。

＜自ら台本を執筆したほとんど唯一の作曲家＞
　少年リヒャルトが最初に目指した職業は、劇作家だった。ワーグナーの夢は、シェイクスピアのように登場人物が全員死んでしまう大悲劇を書くこと。音楽を学んでからは、ジャンルはオペラに変わった。とにかくオペラ作曲家として成功すれば、大金持ちになれるのである。

　ワーグナー以前も以後も、オペラは分業体制で、台本は台本作家が書くのが常だった。しかし、ワーグナーは筆も立ったので、自分で台本を書くことが出来た。従来のオペラに飽き足らないものを感じていたワーグナーは、「オペラとドラマ」などの評論を書き、独特のオペラ理論を展開する。

　サリエーリのオペラに「まずは音楽、それから言葉」があるように、そして後年R・シュトラウスがオペラ「カプリッチョ」で取り上げたように、オペラに於いて優先されるのは言葉なのか音楽なのか、長年議論の的であった。ワーグナーのユニークなところは、言葉と音楽を対立するものとは考えず、オペラはドラマを表現すべきであって、言葉も音楽もそのために渾然一体とならなくてはいけないと考えたところにある。ワーグナーはオペラを総合藝術としてとらえ、その後期作品は「楽劇」という名称で呼ばれることとなる。