ショパンの夜想曲
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夜想曲は、テンポが比較的ゆるやかで、歌うような旋律と平穏な性格を持った、叙情的なピアノ小品である。そういうものとしての夜想曲は19世紀初頭にアイルランドの作曲家ジョン・フィールドによって創始された。しかし、フィールドやその他ショパン以前の作曲家(ポーランドではマリア・シマノフスカ)の夜想曲が、皮相で、サロン趣味的なセンチメンタリズムに通ずる特徴を持っていたのに対して、ショパンはこの曲種において、比較にならないほど深く、芸術的で、情緒的にもより多彩な音楽を創造した。夜想曲には、ショパンの旋律美と、それと並んでやはりショパン独特の豊かで繊細な装飾法が、とりわけはっきり見てとれる。まさにその見事で豊富な装飾があるおかげで、単調な反復を避けつつ、1つの旋律を無数の姿で繰り返すことが出来るのである。
初期の夜想曲は、まだフィールドの作品に近い、感傷的な情調を表している。たとえば感動的なまでに単純な、やさしい旋律を右手がまるでヴァイオリンかチェロのように柔らかく、滑らかに歌い上げる。おそらく最も世に好まれている「夜想曲 変ホ短調 作品9」がそうである。この曲の主題は3度繰り返されるが、毎回違う装飾を施され、やがて、高音域の軽やかな音型がささやく中に安らぎを見出し、子守唄のようなコーダで終わる。
後の夜想曲ではもっと強い感情を伝えてくるものが多い。たとえば痛々しい表情の「夜想曲 ヘ長調 作品15」はAーBーAの3部作だが、単調な3連音の伴奏に乗った、素朴で禁欲的なメロディが静かで集中した感じをもたらすAに対して、類型的には練習曲に似た、荒々しいドラマティックな中間部が好対照を成す。そもそも動きの激しい中間部を置く構成はショパンの非常に好むところで、次の「夜想曲 嬰ヘ長調 作品15」もまたこれに近い。装飾音の多い、繊細な色合いの穏やかな音楽が甘く、怠惰に続くうちに、突然感情の昂揚と不安が訪れ、中間部の流動的な音型には悲痛な感じさえ受ける。やがてまたムードは次第に落ち着き、静まり、初めのおだやかな主題が回帰する。
「夜想曲 ハ短調 作品48」は規模は小さいにも関わらず、小品とは呼べない、雄大なドラマである。主題は行進曲風に重々しく進行する。単純なゆったりとした和音の伴奏ではあるが、その上を走る不安定で、流動的なリズムのメロディが深い感動を呼ぶ。初めのうちコラール風の中間部は、そのコラール和音を鋭く神経質な両手のオクターヴの走句が次第にぎっしりと取り巻くにつれ、劇的な様相を帯びてくる。緊張感が高まる中、回帰する主題は、もはや荘重な行進曲の姿ではない。旋律に伴うのは、次第に昂まりながら打ち鳴らされる和音であり、旋律自体も悲劇的な叫びに変貌してゆく。
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