絶対音感

　テレビのCM音楽やCDの音楽を聴いて、ピアノやギターで音を探ることなく、そのメロディーを完全に正しい音名（音楽的高さ）で口ずさむことが出来る人たちがいる。また、ギターやヴァイオリンを、ピアノの音や音叉の音（正弦波を持つ）を聴くことなしに、正しく調弦出来る人たちもいる。このように、外から与えられる基準音なしに、正しい音名を言い当てたり、正しい音高を作り出す事が出来る能力のことを絶対音感と呼ぶ。
　絶対音感が生得的な能力なのか、それとも学習によって獲得されるのかについては結論は出ていないが、少なくとも、言語の習得と同様、幼年期の経験が深く関わっていると考えられている。
　絶対音感を持っていると、現代音楽のように、あたかもランダムに音高が変化するようなメロディーを聴いても、１つ１つの音名が分かるため、これらを難なく楽譜に書くことが出来る。また、このような楽譜を見て正しく歌うことも容易である。このような芸当は、相対的な音感しか持たない者にとっては至難の業である。したがって、楽譜を見て正しく歌う「視唱」の課題や、音楽を聴いてそれを記譜する「聴音」の課題を遂行するためには、絶対音感は非常に有力な武器なのである。
　しかし一方で、むしろ絶対音感を保有する方が不利な事態もある。たとえば、あるメロディーをハ長調と嬰ハ長調のちょうど中間の高さの調で演奏する場合を考えると、このような調に於いては、「ド」の音は実際には「ド」と「ド＃」のちょうど中間の高さを持つ。絶対音感を手がかりにすると、このような音の音名は、判断が難しい。そのため、メロディーの認識に時間がかかったり、メロディーを誤認したりする。一方、相対音感しか持たない者は、メロディー中の音の高さの相対的関係のみを手がかりにするため、ハ長調の場合と同様にメロディーを認識出来るのである。
　絶対音感保有者は、このように相対音感を使った方が有利な場合にでも、絶対音感を使ってしまうことが示されている。したがって、絶対音感保有者がそうでない者よりも、必ずしも音楽的に「優れている」とは言えないのである。

　絶対音感保有者は、音楽家全体の５％以下であるというデータがあるが、これに比べ、現代日本の音楽専攻学生の中で絶対音感保有者の占める割合はかなり高いと言われている。このことは、我が国の音楽大学の入学試験に於いて非常に難しい視唱課題や聴音課題が課せられていて、これに合格する生徒は、幼児の頃からのピアノや聴音の英才教育によって絶対音感を持ち得た者に集中していることを意味するのでしょう。
　絶対音感を持つ者は、高さの感じが明確な音であれば、楽器音以外の音でも正しく音名を言い当てることが出来る。例えば、救急車のサイレン音やエアコンのノイズの音を聴いて、その音の高さをピアノやギターで正しく再現出来る。戦時中には、この能力を利用して、飛行機の爆音を聴かせ、敵機の機種の特定や敵機と味方機との区別を行わせようとする試みがあり、国民学校の音楽の時間にこのような音感教育が成されたということである。しかし、それがどの程度、効果を上げたかは定かではない。