ヴィルトゥオーソ・シンドローム

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 パリを中心とするヨーロッパの音楽界をピアノ・ヴィルトゥオーソ・シンドロームが席捲したのは、大きく言って1830年に始まり1848年の革命で終わる、いわゆる7月王政の時代である。ショパンがパリに到着したのも、リストがパガニーニを聴いてピアノのデーモンたらんとする決意をしたのも1831年であり、対するに1848年にはリストはワイマールの楽長として招待され、実質的にピアニストとしてのキャリアから引退しており、ショパンは翌1849年に亡くなった。19世紀も後半になると人々はヴィルトゥオーソ狂詩曲には飽き始め、クラーラ・シューマンやハンス・フォン・ビューローのようにバッハやベートーヴェンのような古典を粛々と弾くタイプのピアニストが主役となり始める。
 もちろんヴィルトゥオーソの黄金の20年には、リストやショパンやタールベルクをはじめとする様々なピアニストが活躍し、それぞれに高名なエピソードが残されている。だが彼らを一人ひとり紹介してみても、あまり意味がない。それらを列挙してみても検証のしようがないし、そもそも彼らは個ではなく社会的シンドロームと見なされる人々であった。リストやタールベルクの演奏会に多くの女性が押し寄せ、そして感激のあまり失神したりしていたことは良く知られているが、それは今日のロック・コンサートと同じであり、彼らは現代的な意味でのスターの原型であった。その意味でヴィルトゥオーソ・ブームはまさにスイング・ブームとかロカビリー・ブームとかGSブームといったものとほとんど同列に論じるような性質を持った現象であった。ある音楽ジャンルが熱病のように社会を夢中にさせ、次々にスターが生み出され、彼らはそれぞれに異なった趣向を売り物にして固有のファンを集め、そして崇拝者たちは自分のアイドルこそ唯一無二の存在であることを信じて疑わないのだが、全体としてみるとどれも似たり寄ったりに見える。それがリストの時代のヴィルトゥオーソたちだった。
 1830年代のパリで始まった、いわゆる7月王政の時代の気分と、ヴィルトゥオーソ・シンドロームは密接に関わっていた。大量の成金貴族(ショパンのパトロンであった銀行家の大富豪ロスチャイルドはその典型である)が生まれ、ある種のバブル文化が生まれた。彼らは夜な夜なサロンのパーティやルーレットや舞踏会やオペラ観劇に出かけて行った。そういう7月王政の社交界の主人公は決して本物の貴族ではなく、法律家や銀行家や成金大商人、そして彼らの夫人や愛人や娘たちだった。20世紀前半に活躍した社会学者ジークフリート・クラクカウアーは、この時代を次のように形容している。

 金融業者、取引所仲買人、商人はますます金持ちとなり、その上、政治的にも地歩を獲得した。今や彼らは金と権力を享受しようと欲した。だが、彼らは自分の財産を眼に見えるように誇示すること以外、どうゆう風にして自分の財産を享受することが出来ただろうか?明明白白な効果を求める止み難い衝動が、上層の階級の心を捉えていた。そしてついには豪奢が信用を高めた。美しい豪華な馬車を競い、住居を本当の宝物庫に作り上げた。金が決定的な価値の基準だったので、可能な限り全ての壁や家具が金メッキを施された。さらに晩に、それだけで既に1万2千ないし1万5千フランに値するシャンデリアが輝いていた時には、サロンの中には燃え上がるろうそくのきらめきと火花が満ち溢れていた。
 金と権力、明々白々な効果を求める止み難い衝動、豪奢、金メッキ、シャンデリア、ろうそくのきらめきと火花のようにクラカウアーがここで用いている語彙、要するに成金的性格こそ、サロン・ヴィルトゥオーソ音楽の本質を成すものに他ならない。
 例えばショパンの感傷と気取りと慇懃、あるいはリストの軽薄と誇張と華麗などの要素は、ベートーヴェンやブラームスといったサロンとは無縁の真面目な芸術音楽には、ほとんど見出されない。通俗性や気取りやはったりといったスノビズムこそ、サロン・ヴィルトゥオーソ音楽独特のものなのである。このサロン音楽体質とでも言うべきものは、それを聴く聴衆層の気質と深く結びついていた。何から何まで貴族の真似をしたがる成金たち。そして彼らの妻や愛人や娘が求めたのは、何かしら自分をハイソな気分にしてくれる音楽だったのである。だが彼らが愛好する音楽には、当然ながら、どこかしら安っぽい金メッキめいた地金が見え隠れしていた。だからこそサロン音楽には常に軽薄の非難が浴びせられてきたわけである。

 ヴィルトゥオーソという言葉が持つ栄光と魅惑と一抹のいかがわしさは、19世紀という時代とわかち難く結びついている。18世紀でも20世紀でもない、この新興ブルジョワと資本主義と工業化の時代こそが、ピアノ・ヴィルトゥオーソたちの永遠の故郷である。目も眩む軽業で道行く人々を眩惑する大道芸人は、いつの時代にも居たであろう。機械のように緻密な技巧を誇るテクニシャンは、20世紀後半以後、とりわけ国際コンクール等の隆盛とともに激増した。しかしながら居酒屋で超絶技巧を披露するロマのヴァイオリン弾きにも、あるいはいかなる難曲もノーミスで弾いてのける若手ピアニストにも、ヴィルトゥオーソという言葉が文句なしに当てはまるわけではない。一方に異世界からやってきた流浪の楽師の前近代。他方に光り輝くメカニックの超現代。この2つの極がちょうど入り混じっていた19世紀という地点に成立したのが、ヴィルトゥオーソという現象であった。
 スコットランドの評論家カーライルが1829年に書いた「時のしるし」という時事評論に、次のような一節がある。「もし現代を1つの形容詞で表現するとすれば、私は「英雄的」でも、「宗教的」でも「哲学的」でも、「倫理的」でもなく、何にもまして「機械的」な時代と呼びたいところだろう。現代は「マシナリー」の時代である。この言葉の内的外的な全ての意味において。
 1829年といえば、まさにパガニーニがヨーロッパ中でセンセーションを巻き起こし始めた頃であるが、このマシナリーという表現は絶妙である。この言葉は機械と同時にからくりを意味する。
 この近代科学の夜明けの時代、技術はまだ魔法の世界と完全には縁を切っていなかった。19世紀において急速に発達した照明器具は、脱魔術のための魔術であった。光がフリーメイソンに於いて象徴的な意味をもっていたことは良く知られるが、シベルブシュは照明の普及を啓蒙主義と結びつけて考えている。いわく「哲学における啓蒙主義と実際上の照明との間に、1つの関連があるとは考えられないだろうか。たとえば、啓蒙主義を求める哲学的欲求が、光に対する現実的関心を呼び覚ました、とでもいった具合に。とすれば、啓蒙主義と照明とを結ぶ節目は、当時の自然科学、特にこれまたパリに中心があった化学に求められるかもしれない。また18世紀末にガルヴァーニが発見した電気も、19世紀に於いては一種魔術的なものと考えられていた。ガルヴァーニはカエルの筋肉が痙攣することから電気を発見したわけだが、19世紀後半に流行したテレパシーなどの超常現象も電気によって説明されることが多かった。

 リストやショパンが活躍した1830〜40年代は、ヴィルトゥオーソ・ピアニストの全盛時代であったが、面白いことに彼らの妙技はしばしば電気や光のメタファーによって語られている。こうした同時代人の評はとても多い。音楽そのものについてではなく、会場を描写したものであるが、パリに於けるショパンのコンサートを描いたリストの次の1文は印象的である。「このあいだの月曜の夜8時、プレイエルのサロンは目も眩む照明に照らされて輝いていた。長い馬車の行列が絶え間なしに、優雅な女性、有名な芸術家、金満家、貴族たちを、絨毯が敷かれて、花の香りでむせるような階段へとお連れするのだった。社交界の全ての花が、全ての生まれながらの、そして金満貴族が、全ての芸術と美の貴族が、そこに集まっていた。」
 ヴィルトゥオーソ音楽のエッセンスを電気の比喩で語ったものとしては、20世紀フランスの哲学者ジャンケレヴィッチのエッセイの1節がある。ショパンのスケルツォ第2番について述べた箇所である。
 ショパンのスケルツォ第2番では気紛れな巨匠の両腕が鍵盤の上をところ狭しと駆け回る。このような輝き、激しさ、叫び、それらは稲妻の衝撃、あるいはもっとふさわしい表現を探せば、北極と南極の間に飛び散り、闇を引き裂くヴォルタ電気の放電なのである。神経はこのほの暗い熱狂の電気ショックに動揺する。ロマン主義のヨーロッパがノヴァーリスや自然哲学以降、電気の発見、ガルヴァーニ電流に対してどれほど強い関心を集中させてきたか思い返す必要があるだろうか。古典時代の「ジュピター」交響曲が知らなかったガルヴァーニ電流のような流体が、メンデルスゾーンの気紛れを呼び覚ましたように、フレデリック・ショパンの4つのスケルツォを充電している。ショパン以後、感情はガルヴァーニ電流がもたらす衝撃に劣らず激しいものになる(ヴィラディミール・ジャンケレヴィッチ 夜の音楽)
 ヴィルトゥオーソは光と電気の技術/魔術で眩惑する。彼らはフランケンシュタイン(原作の小説が書かれたのは1818年らしい)やジュール・ヴェルヌの空想小説に出てくるネモ船長と同時代人なのである。
 面白いことにヴィルトゥオーソが云々される楽器は、ほとんど専らヴァイオリンとピアノに限られている。例えばファゴットのヴィルトゥオーソだとか、ヴィオラのヴィルトゥオーソなどというものは、もちろん皆無というわけではないだろうが、あまり聞いたことはない。チェロのヴィルトゥオーソも、ピアノやヴァイオリンと比べれば、あまり一般的ではない。まさにこの事実の中に、ヴィルトゥオーソ現象に於ける前近代と超現代の混合が、端的な形で現れている。

 言うまでもなくヴァイオリンはロマの楽器であり、死の舞踏を踊らせる死神が奏でる楽器でもある。パガニーニは悪魔と契約して超絶技巧を手に入れたと、同時代の人々に噂されたことを思い出してもいい。ヴァイオリンには魔界からの使者だとか、狂気の呪術師といったイメージがこびりついている。それに対して、実質的に19世紀に入って生まれたピアノは、典型的な近代の工業製品である。あらゆる楽器の中で最も機械に近い楽器がピアノなのだ。19世紀後半の万博には必ずピアノ会社のブースがあり、毎回新たな機構を搭載した新機種が話題になった。現代でいえばピアノは、自動車のようなものだった。鉄製メカの魅惑、技術が切り開く輝かしい未来、人類の進歩の象徴がピアノである。
 ピアノが一種の機械であることは、既に同時代人によってしばしば指摘されていた。ショパンの友人でもあったハイネは、次のように言う。
 自然に消えゆくことのない、どぎついこのキンキンした音、この情味ないビュンビュンという響き、ウルトラ散文的なこの転がり落ちる鈍い音とピンピン鳴る連続音。このピアノがすべての思考、すべての感情を殺し、そうしてわれわれは、馬鹿に、鈍感に、愚鈍になってゆく。










































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