19世紀音楽に於ける「感動」の誕生

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 真面目な演奏会文化が栄えたのは主としてドイツ語圏で、その中心ジャンルは交響曲であり、その主たる聴衆は謹厳実直な中産である。グランド・オペラやサロン音楽が最も繁栄したのはパリで、ここでは音楽はステータスシンボルの一種であり、社交界のスノブたちが主な聞き手である。表面的な対立にも関わらず、この2つの音楽文化の間には1つの共通項がある事を見落としてはならない。それは、19世紀音楽史の最大の共通分母と言える「市民を感動させる」ということである。コンサートホールで目を閉じてブルックナーの交響曲のアダージョに真剣に耳を傾ける聴衆も、シャンデリアきらめくサロンでショパンを耳にしながらセレブリティになった気分に浸る社交界の人々も、共に煩わしい世事と労働の垢にまみれた日常からの解放を求めた。何か心を洗い流してくれる清らかなものを、夢と感動とファンタジーを、あるいは癒やしを、魂を揺さぶる何かを、音楽の中に見出したのである。19世紀に於いてこのように大量の幻想とか夢といったタイトルを持つ曲が作られたということが、この事情を何よりも雄弁に物語っている。労働する市民のための夢と感動を与えてくれる音楽もまた、19世紀になって初めて生まれた音楽の新しいあり方である。
 音楽史があまりにもロマンチックなのでつい忘れがちだが、19世紀は同時に、産業革命と科学発明と実証主義と資本家達の時代でもあった。神は死んで、目に見えないもの、神秘的なもの、超越的なものはどんどん世界から姿を消していく。世紀前半にはウオルター・スコットの怪奇小説が大流行し、あるいはゴシック・ブームが起き、後半になるとヒステリーやテレパシーが社会現象となった。その背景には、神を殺してしまったせいで行き場のなくなった目に見えないものへの畏怖や震撼するような法悦体験に対する人々の渇望があったに違いない。そして19世紀に於いて、合理主義や実証主義では割り切れないものに対する人々の希求を吸い上げる最大のブラックホールとなったのが音楽だったのである。ロマン派音楽とはロマンチックな時代のロマンチックな音楽などではなく、どんどん無味乾燥になっていく時代だったからこそ生まれたロマンチックな音楽なのである。感動させる音楽としてのロマン派音楽の構造は、旋律と和声の観点から次のように説明できる。まず、旋律については胸の奥から絞り出す吐息とでも形容すべき身振りが特徴である。バロック音楽の主役は通奏低音であって、旋律にはそれを彩る控えめな装飾模様程度の役割しか与えられないことが多かった。古典派では低音にに代わって旋律が音楽をリードするようにはなるけれども、彼らの旋律はまだしっかり組み立てられた建築といった客観的性格が強い。だがロマン派に於いては、旋律のこうした建築的な分節構造は解体される。旋律は限りなくため息の身振りに近づいて行くのである。ショパンのノクターン、ベルリーニのアリア、ワーグナーのトリスタン、ブルックナーの交響曲のアダージョ、チャイコフスキーの悲愴、ブラームスの第3及び第4交響曲。19世紀音楽史はまるでメロドラマで愁嘆場を演じる名女優のような悩ましい憧れの身振りで溢れかえっている。

 和声についていえば、バロックから古典派にかけて、音楽にとって車輪のようなものだった。それは旋律を支え音楽を前に運ぶという、ごく実際的な役割を担わされた機能的な存在だった。だがロマン派にあっては、和声それ自体が音楽表現の焦点となる。悩ましく官能的で憧れに満ちた気分の全てが響きに託されるようになる。シューマンの詩人の恋人の冒頭の切ないときめき、ショパンの舟歌冒頭のステンドグラスのような不思議な色合い、トリスタン冒頭の毒と苦痛が混入した憧憬、ブルックナーの交響曲の冒頭のトレモロが作り出す波動など、今や響きは予感に、色彩に、神経の震えに、魂の状態になる。

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