なぜ愛したかと問われたら

　人間はすばらしい恋人にめぐりあうことによって救われるのではなく、自分がこの人ならその醜い点をも含めて愛していかれるという人に出会った時、はじめて救われるのである。あるいは相手の美醜に関係なく、人を愛せるまでに成長した時に、はじめて救われるのである。しかし、人間はそこまで成長出来るものだろうか。

　だから、俺はこの女を愛すると決めることである。なぜこの女を愛したか？　と人に聞かれたら、愛することに決めたから愛しているのだ、という言い方が出来る時に救われる。

　この女の人は、控え目なんだからだとか、この男性は勇気があるから、というような人は、いつか必ず滅びてゆく。男も女も、やがて控え目を失い、勇気を失う。もし失われないとしても、それが当然の事となる。どんなに命の危険まで冒して愛されたとしても、人間は必ずそれを当然のこととして受け取る時期があるのだから。そして、やがてはその命がけの愛にさえ不満になる。人間の欲にはきりがない。

　どのような愛も、人間の欲やわがままを永続的に満たすことはない。人間は自分で自分を救う以外にはないのだ。