恋人は所有物ではない

　人間は理想的にできているものではない。激しく恋すれば恋するほど、どんな小さなことでも許し難いほど、苦痛に感じる。恋していない人ならば、何も苦しむこともなく無視出来ることを、恋していればこそ、その人の些細な行動に深く心を傷つけられる。
　恋人は自分の所有物ではない。互いに一個の人格者としての自由を持ち、独立して愛すべきだというようなことは、とうの昔から分かっている。しかし自分の恋人が、自由に振る舞うことを多くの男子は決して快く思うものではない。恋人であるその女性が悪いことをした訳でも、自分に裏切り的行為をしたのでもないと知りつつ、何か悔しいと思う。
　友人の場合は案外それが少ない。しかし自分の立場しか考えることの出来ない青年前期というものは、何でもない行為を裏切り的行為と思いがちである。他人は自分の犬ではない。しかし人間は、他人が自分の思うように動いてくれることを望む。人間は矛盾した一個の存在なのだ。霊と肉とに引き裂かれ、同時に利己心と愛他心に引き裂かれた矛盾した存在。人間は全てに於いて矛盾した存在である。
　この世の中に理想的な人間など例外者でしかあり得ない。この世の多くの我々は、完全に利己的にもなれず、神のごとくにもなれず、その中間で苦しんでいるのだ。