国民楽派

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 こんにちでは、国際紛争の原因として危惧されることの多い民族主義だが、19世紀から20世紀にかけての音楽は、この民族主義によって発展したとも言える。

 まず、ロマン派の主流であったドイツでは、ゲルマン民族の伝説や民話などを音楽にすることが流行した。その代表がワーグナーで、ワーグナーのオペラのほとんどはゲルマン民族の伝説を題材にしている。

 一方、ワーグナーと同年生まれのイタリアのヴェルディの人気は、イタリア統一運動(リソルジメント)と同時に盛り上がった。オペラ「ナブッコ」の中の合唱曲「行け、我が想いよ、金色の翼にのって」は、イタリアの第2の国歌とまで言われているほどだ。

 このように、音楽の主流であるドイツとイタリアで、民族色の濃い作品が生まれると、当然その周辺の国々でも同じことが起きる。

 ロシアは大国ではあったが、ヨーロッパ文明のなかでは辺境の地にあったため、文化的にも遅れていた。音楽においてはドイツをお手本とし、一流の音楽家になるためにはドイツに留学しなければならなかった。19世紀半ばに、ようやくロシアにも事前の音楽院ができ、その最初の卒業生の中のひとりがチャイコフスキーである。ドイツやイタリアの最初の職業作曲家が誰かは分からないが、ロシアにおいては、チャイコフスキーが職業作曲家第1号と確定できる。それくらい、遅れていたのである。

 チャイコフスキーはドイツをお手本としつつも、ロシア民族固有の情感をこめた作品を発表していった。そのため、ロシア人のなかでは、ドイツとロシアの折衷主義だとして批判されることもある。コテコテのロシアっぽさが薄められているというわけだ。その分、日本を含めた外国では人気がある。

 ロシア民族主義を強調した作曲家が、5人組と呼ばれる人々で、その中で特に有名なのが、ムソルグスキーとリムスキー=コルサコフ。民謡として伝わっている、ロシア独特のリズムやメロディーを導入した作品を作り、ロシア音楽を確立したのである。

 政治的な民族主義が高まったのは、東欧地域だった。特にチェコは、長い間、ハプスブル家、つまりはドイツの支配下にあったため、そこからの独立が民族の悲願でもあった。そうした独立運動の高まりは、チェコ独自の音楽の確立へと作曲家たちを向かわせた。それに応えたのが、スメタナとドヴォルザークだった。

 イタリア、ドイツで確立された作曲と演奏における音楽技法は、ある意味で普遍性をもっていたため、日本を含め世界中に広がった。

 ロシアや東欧には、もともと、民謡、民族音楽として伝わってきた音楽があったが、それらは藝術ではないとされてきた。藝術に値する音楽はイタリアとドイツで発展した音楽(日本でいうクラシック音楽)のみというのが、19世紀半ばまでの風潮だった。ところが、そのイタリアとドイツが、自分たちの民族色の濃い音楽を作り出すと、さすがに、ロシアや東欧の人々は、それを受け入れることは出来ない。ここで、彼らは目覚めたのである。自分たちの民族固有の音楽があっていいんだと。

 そういうわけで、基本的な技法や様式はイタリア・ドイツ的なものをベースにした、それぞれの民族色の濃い音楽が生まれていき、それが結果的にクラシック音楽に多様性をもたらしたのである。

 民族主義音楽は、現在は「国民楽派」と呼ばれることが多い。国民楽派の作曲家としては、ロシアやチェコの作曲家のほか、ノルウェーのグリーグ、フィンランドのシベリウス、デンマークのニールセンがよく知られている。











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