ショパンのプレリュード第15番「雨だれ」

ショパン・マリアージュ(釧路市の結婚相談所)

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 谷間の村ヴァルデモサでは日暮れが早く、夜が長い。とりわけ雨の日は、左右からせめぎ合う山がわずかな空の明るみを奪い合い、まるで井戸の底のように物のカタチを失わせる。
 夜に入っても雨は止まず、ショパンは小1時間も咳き込んでいる。顔を上げて窓から外を見るたびに、暗がりが濃く深くなっていく。全身の毛穴から染み込んでくる不安を削ぎ落とすように、両手で自分の肩を掴んだ。
 この不安から逃れるにはピアノが要る。けれどプレイエルがパリから送ってくれたピアノはパルマの税関に留め置かれたままで、いまこの修道院の僧坊に在るのは、サンドがパルマで借りてきたひどい代物だ。これ以上音階の緩んだピアノで曲を作る気がしない。前奏曲を完成させる約束も、いつ果たせることか。
 パルマの樽屋の2階から意気揚々と移ったエスタブリッシュ村の高台の家は、見晴らしが良かったし、1日中風が通り抜けて心地よかった。けれどたった1ヶ月で家主ゴメスから追い出される羽目になった。
 すべては雨のせいだとショパンは考える。いや、雨のせいで自分の咳が酷くなり、地元の医者たちから結核だと診断されたからだ。このマヨルカでは、結核は悪業の報いとして人格も才能も否定され、人々は食料さえ売ってくれなくなるのだ。揚げ句、ゴメスは立ち退きを要求してきた。
 追われるように移ってきたこの修道院は廃墟同然で、空き部屋となっている僧坊は天井の高い棺桶のようだ。事実、この古い修道院では何人かの人間が死への道を歩んだに違いない。中世の宗教裁判で裁かれた異教徒たち。いたるところに言葉を持たない死者の影が、ろうそくの火影に揺らめいている。
 ああ、早く、一刻も早く、パルマの街まで買い出しに行ったサンドと子どもたちが戻ってきて欲しい。

自分をこんな死者の場所で一人にしないでくれ。

 ショパンはサンドの温もりが欲しかった。温かいスープよりアブラのしたたるブタの肉より、サンドの抱擁が欲しかった。
 雨は修道院の苔むした石の屋根を濡らし、はじめは柔らかい音を立てて石畳に落ちてきていたが、やがて叩きつけるように、呪うように天から降ってきた。するとまた、胸の中の悪魔が咳となって吠え始めるのだ。
 悪魔は容赦なく内側から胸を刺す。吐く息がなくなっても、まだ刺し続ける。
 ショパンの視界は朦朧となり、雨粒か涙か判らないもので、顔が冷たく濡れた。
 僧坊の回廊を、何かがゆっくりと進んでいく。胸を掻き抱いたショパンに、いっときの余裕を与えるように、咳も意識も止めさせた何か。
 回廊の中を行く者たちを、確かめることができない。もしそうすれば、自分もその仲間に入ることになるからだ。
 ショパンは俯せた姿勢のまま、彼らが行き過ぎる気配だけを感じていた。長い葬列が重い足取りで回廊を通り抜け、雨の中を墓地へと動いていく。棺にさえも雨粒が落ち続け、青い影を背負った人間たちの、首や背や衣を濡らしているのが判る。
 ショパンは震えながら彼らが通り過ぎるのを待つ。
 その頃、パルマ市街に買い出しに出かけたサンドたちも、命の危険に晒されていた。ヴァルデモサに戻る3リュウ(12キロ)の山道で急流が氾濫し、車輪を取られた馬車が横転した。貸し切り馬車の御者に放り出され、靴さえなくしたサンドは、真っ暗な山道をモーリスの手を引き、6時間もかけて雨に濡れながら歩くしかなかったのだ。
 サンドは、その夜僧院に戻り着いた時のことを、こう記している。

 真夜中に辿り着いた。病人(ショパン)が不安になっているだろうと急いだ。果たして、彼の不安は激しいものであったが、凍りついてしまったように、絶望の果ての落ち着きのなかにあった。そして、涙を流しながら、美しいプレリュードを弾いていた。私たちが入って来るのを目にすると、大きな叫び声を上げて立ち上がった。それから、錯乱した様子で、そして奇妙な口調で、「ああ!僕にはよく分かっていましたよ、あなた方が死んでしまったのが!」と言った。
 続いてサンドは、その夜のショパンの様子を冷静に記述している。夢と現実のあわいも消え果て、死者の中に溺れゆく錯乱をかろうじてピアノで今生に繋ぎ留めているショパンの姿を。それとは対照的に、馬車の横転という惨事に見舞われながら、気丈にショパンを観察しているサンドの視線。
 その違いが際立つ一夜だった。マヨルカは雨期に入り、寒さと湿気も厳しい季節となっていた。
 私が山に囲まれたこの村を訪ねたのも雨期の終わりで、南洋の乾いた大気のかわりに日本の早春に近い冷気が低く山肌を這い、アーモンドや柑橘の幹や葉を湿気で煙るように包んでいた。
 「風の家」に移る2日前、彼らはパルマ市街からヴァルデモサまで足を延ばし、この僧院を下見していたのだが、ショパンからフォンタナに宛てた手紙にも記されていた樹齢千年のオリーブの大樹は、今も僧院の近くにどっしりと立っている。平野部と違い、大小の石が混じる砂が地表を覆っているだけの、いかにも養分の乏しい寒村のほぼ真ん中に、この樹は神秘的な銀色の葉を広げ、くねるような猛々しい幹を誇示していた。神々しさとともに、生命力の衰えた人間に、限りある身のはかなさと危うさを思い知らす効果さえ、もたらしかねない大樹だった。
 ところでその夜の雨は、明け方まで降り続いたのだろうか。
 サンドが記したように、正気を失いかけたショパンが弾いていたのがプレリュード「雨だれ」であるなら、その夜の話にはサンドが書いていない続きがあるように思う。

 雨の中を行く葬列は、サンドの声で消えた。
 あの濡れた棺の中の死者は、自分でもサンドでもなかったのだと、ショパンはサンドの両手で頬を拭われながら安堵した。
 サンドが回廊を走って、薬部屋からベネフィとカンタリスを持ってきて飲ませてくれる。この地方に育つ特殊な植物と不思議な力を持つコガネムシの粉。
 ショパンにはサンドの手が何より嬉しかった。けれど、可愛い人、といういつもの呼び掛けはない。6時間も雨の中を歩いた疲れと苛立ちと、全てが悪い方に転がってしまう嘆きとが、彼女を随分長い間、険しい顔にしていた。その顔には、マヨルカ行きを半ば強引に、夢見るままに誘った自身への呪詛も、含まれていた。ショパンは、そんなサンドの顔を見るのが辛くて、回廊の向かい側に開いた大きな窓に目をやる。窓はガラスの代わりに細竹が何本も格子状に渡されている。その向こうに夜の内庭が広がっていた。
 いまは雨が鎮まって、白く黄色く浮かび上がって見えるものがある。それも3つか4つ、いや10かそれ以上、レモンの実か濡れた竜舌蘭の葉先か。
 ロモンド式のストーブの火勢を強め、サンドと手を繋ぐ。サンドがその手に力を込めて言った。パルマの税関が700フランを請求してきたけれど、今日、フランス領事のフルリが力を貸してくれて、400フランでプレイエルのピアノが届けられることになったのだと。
 ショパンはサンドを抱きしめる。これであの、曇った音しか吐き出さないパルマのピアノにさよなら出来るのだ。
 温まった身体を寄せ合い、南側の庭へと続く重い扉を開けて外に出た。
 雨はすっかりあがり、椰子や糸杉の向こうに、緩やかに下っていくレモンとアーモンドの畑がそれとはっきり判る。鳥たちも羊も、眠っている。
 目を上げると、頭上の雲の裂け目に、月が待雪草の花のような白い顔を覗かせていた。






 
















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