サロンのプレイボーイ達の音楽

ショパン・マリアージュ(釧路市の結婚相談所)

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 今ではクラシックに分類されているが、かつてはクラシックではなかったジャンルがある。典型的なのはイタリア・オペラである。それは19世紀版の演歌のようなものであった。それに対して19世紀版のムード・ミュージックともいうべきジャンルが、いわゆるサロン音楽である。これを代表するのは何といってもショパンとリストであるが、伝説の名ピアニストでもあった彼らは、いわばリチャード・クレイダーマンの祖のような存在だったのかもしれない。
 サロン・コンサートと聞いて我々が連想するのは、本格的な演奏会と違って、お茶会のような気の張らないリラックスした雰囲気であろう。例えば演奏者のトークが入ったり、時にはケーキが出てきたりする。編成はピアノ・ソロとかヴァイオリン(あるいはフルート)とピアノのデュオあたりが中心。プログラムもイージーリスニング系が多く、ポップスのアレンジを入れたりしてもあまり違和感はない。
 サロン・コンサートにぴったり合う曲と言えばバダジェフスカ「乙女の祈り」ショパン「別れの曲」、リスト「愛の夢」、マスネ「タイスの瞑想曲」、ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」あたりが筆頭に来る。間違ってもサロンでベートーヴェンのピアノ・ソナタ「熱情」とか、演奏に1時間近くもかかるバッハの超難曲「ゴルトベルク変奏曲」などを弾いてはいけない。これらの曲は難解で長すぎる。高尚すぎる。サロンはカントやヘーゲルを原書で読むような場所ではないのだ。おしゃれなムードをぶち壊してはいけないというのがサロン音楽の条件について定義である。
 「真面目なクラシック音楽」を代表するのがドイツ語圏の交響曲文化であったとすると、その対極にあるのがイタリア・オペラの大衆的な世界であった。「交響曲VSイタリア・オペラ」サロン音楽もまたこれと似た構図の中で理解できる。つまり「ピアノ・ソナタVSサロン音楽」である。ベートーヴェンに代表されるようなピアノ・ソナタの世界は、いわば交響曲のミニチュアである。楽章の数もしばしば交響曲と同じく4つあるし、複雑なソナタ形式を使い、音楽内容も決して俗耳に入りやすいものではない。それに対してサロン音楽は短い。形式も単純だ。そしてすぐ口ずさめるメロディーとムーディーな甘さがある(ピアノ・ソナタではこうゆうものは軽薄として嫌われるが)。サロン音楽は現代で言えばイージーリスニングなのだ。

 サロン音楽は、少し洒落たロマンチックなタイトルがつくことによっても、すぐにそれとわかる。「・・・の夢」「月の・・・」「愛の・・・」「・・・の思い出」といった具合だ。ノクターンとかバラードとかワルツも例外なしにサロン用音楽として作られている。ピアノ・ソナタの場合、副題をつけることがあまりないのと、これは好対照である(そもそもベートーヴェンの「月光ソナタ」などにしても、作曲者がつけたものではない)。ではなぜこんなタイトルをつけるかといえば、それはサロン音楽が「お金持ちのマダム/お嬢様のための音楽」だったからである。彼女らはほぼ例外なしにピアノを弾く女性たちでもあった。そもそもお金持ちの夫人か令嬢でなければ、当時はピアノなどならえなかった。サロン音楽は決して哲学書や長編小説であってはならない。それはロマンチックな詩であり、短編メロドラマ小説なのだ。
 交響曲がドイツの、オペラがイタリアの音楽文化であるとすれば、サロン音楽が栄えたのはフランスである。というより、そもそもサロン文化というものが、フランスで生まれたものなのである。サロンの起源は革命以前の宮廷社会の風習にある。宮廷の貴婦人が開くパーティーの類である。言うまでもなくそれは乱痴気騒ぎをするようなところではなく、上品な雰囲気の中、詩人や歌手や文人などが招かれ、朗読したり、歌を披露したり、あるいはちょっとした議論を交わしたりもした。
 この習慣は19世紀に入ってさらにブルジョワ階級に広まり、良家の奥様たちは必ず冬のサロン・シーズンにはこうしたパーティーを催すようになった。もちろん未亡人や誰かの愛人がサロンを主催するケースも多かった。だが一つ確認しておかねばならないのは、サロンを主催するのは常に上流階級の女性だったということである。オヤジが催すサロンなどというのはあり得なかったし、またサロンで無礼講を働くようなオジサンには二度と声がかからなかっただろう。「上流マダム文化」ということが、サロン音楽の独特の洗練と感傷と甘さに深く関わっている。
 ショパンとリストがサロン音楽文化を代表する作曲家である。ピアニストとしての彼らの活動の場はパリのサロンであり、彼らは大金持ちのご夫人や令嬢を相手にピアノのレッスンをし、場合によっては彼女らのために曲を書いてやり、彼女らを相手にサロンで妙技を披露してみせた。こうした背景からも分かるように、優美であることはサロン音楽の絶対条件である。ベートーヴェンのピアノ・ソナタのごとき、政治演説のような暑苦しさはご法度である。

サロン音楽の美学は「甘い愛のささやき、極上のエスプリ、優雅な身のこなし、クールさ」と定式化できる。饒舌と難解な熱弁は禁物である。例えばショパンの前奏曲集作品28の第7曲(イ長調)は、この点でサロン音楽の見本のような作品だ。以前、胃腸(イ長)薬のCMでBGMに使われていた曲である。ここでは、ほとんどステレオタイプとも言いたくなるような、甘いメロディーが撒き散らされる。芝居でいえば「愛しているよ・・・」とか「君がわすれられない・・・」といったセリフのようなものである。そしてもう1つ大切なことが、その短さだ。ものの30秒もしないうちに終わってしまう。サロンでは難しい高尚な談義を延々続けてはいけない。ご婦人方をうんざりさせてはいけない。すれ違いざまの一言でもって、自分を彼女たちにとって気になる存在にしなければならない。先のショパンの作品は、実に見事な音楽による口説きの演出である。
 フランスでは、19世紀もかなり最後のほうになってから登場してきた、フォーレやドビュッシーやラヴェルといった作曲家の音楽にも、こうした伝統は色濃く残っている。「夢の後に」(フォーレ)、「月の光」「亜麻色の髪の乙女」(ドビュッシー)、「亡き王女のためのパヴァーヌ」(ラヴェル)といったタイトルが既に、極めてサロン音楽的である。

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