流した浮名は数知れない超イケメンのリスト

　１８２３年４月、５２歳のベートーヴェンはわずか１１歳の天才少年のピアノ演奏会にでかけている。演奏後、巨匠ベートーヴェンは舞台に上がり、並外れたテクニックで人々を驚かせたその少年を抱き上げてキスしたという。すでに聴力が衰えていたベートーヴェンがちゃんと天才少年の演奏を聴くことが出来たのかは疑問ではあるが、この天才少年こそ、後にピアノの魔術師と呼ばれるリストである。
　１８１１年、ハンガリーのライディングという町に生まれたリストは、幼少の頃から人々の注目を集めた、生まれながらの天才であった。１８２２年、１０歳そこそこで一家でウイーンに移住すると、ベートーヴェンの弟子であった、ピアノ教則本で有名なツエルニーや、映画「アマデウス」で有名なサリエリらに師事し、すぐに演奏家・作曲家として活躍を始める。パリへ移住し１２歳でその地でデビューを果たすと、十代半ばにして「最高のピアニスト」の称号を手に入れた。
　リストといえば、まずはその容姿にふれないわけにはいかない。スラリとした長身、目鼻立ちのスッキリとした超イケメンである。クラシック史上ナンバーワンの美男子であった。髪は口元にかかるぐらいのワンレングスで、細長く華奢な指を持ち、ファッションセンスも抜群だった。
　しかも明るく外交的な性格で、人情にも篤く、後輩や友人の面倒をよく見たし、チャリティ活動にも余念ががなかった。その上、勉強家で知識も豊富。若いうちから、早く亡くなった父親に代わって家計を支える甲斐性もあり、倹約家だった訳ではないが、生涯、経済的に破綻することもなかった。
　少々目立ちたがり屋で自己中心的なところがあったが、基本的に文句の付けようのない男っぷりであった。これだけの男だから女たちが放っておく訳がない。それゆえなのか、リストの持って生まれた資質だったのか、お世辞にも女癖がいいとは言えず、そこが彼の唯一の欠点だった。
　１９世紀に入って、音楽は益々その裾野を広げる。教会や貴族、上流階級といった一部の人々のものであったのが、一般市民も楽しめるようになってきた。そうすると演奏会の会場は広い場所が使われるようになって来る。こうして大編成のオーケストラ曲が作られるようになったり、ピアノなどの楽器もより大きな音がでるように改良が進められたりした。
　しかし、音楽がみんなのものになるということは、聴衆の質が下がるということも意味していた。一言で言えば、文字通りポピュラーなもの、あっと驚くもの、わかりやすいものが好まれた。「悪魔の指を持つ男」と言われた超絶技巧のヴァイオリン奏者ニコロ・パガニーニの出現もあって、ヴィルトオーソつまり名人芸的演奏がうけた時代だった。

　そのような中、チェルニーらに師事し、かつパガニーニに大きな影響を受けたリストは、華やかで力強い音色と、情熱的なパッセージや超絶技巧で聴衆を圧倒した。特にホールが大きければ大きいほど、音が大きかった彼のピアノ演奏は、より一層、輝きを増した。つまり、当時のピアニストの王道中の王道を行く男であった。
　演奏会でリストはピアノの前に座ると、まず顔にかかった長い髪をきれいな指でかきあげ、しばし瞑想するような悩ましい表情をしてから演奏を始めたという。魔術師のように１０本の指を鍵盤上に駆け巡らせ、それまでのピアニストとは違って上半身を大きく揺らしながら情熱的にピアノを彈きこなし、会場を興奮の渦に巻き込んだ。女性たちは、そんなリストを見て時に泣き叫び、時に失神したという。
　演奏が終わりリストが立ち去ると、彼がわざとピアノの上に忘れていった手袋をめぐって、淑女たちが取っ組み合いのケンカを始めることもあったという。当時の演奏会は今とは違い、聴衆がお酒を飲んだり、おしゃべりをしたりと結構、騒々しかったそうだが、そんな中でもリストの演奏会の騒ぎは格別だったようだ。
　演奏会にこうしたショー的な要素を持ち込んだのはリストが最初だったと言われている。目立ちたがりで、みんなに騒がれるのが大好きだった彼は、意識的にそんな自分を演出していたようだ。つまり、リストの演奏会は今のライブ・コンサートのような状態だった訳で、彼はいわばロックスター的存在だった。そう考えれば、彼の演奏会の盛り上がりぶりと、彼のモテぶりが、もっとリアルに想像できる。