無言歌、標題音楽、絶対音楽
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ロマン派詩人たちに端を発する19世紀ドイツの器楽文化は、大きく分けて3つの方向へ展開することになる。1つはシューマンの初期ピアノ曲「パピヨン」「謝肉祭」「子供の情景」やメンデルスゾーンの「無言歌」に代表される詩的なピアノ小品集である。「トロイメライ」とか「春の歌」といった叙情的なタイトルが、音楽の醸す情緒とないまぜになって、聞き手のファンタジーをかきたてるタイプの音楽である。これらは一見パリ風のサロン音楽と似ていなくもないが、その基調をなすのはあくまで内面的な詩情であり、技巧の誇示は基本的に控える点でリスト風のヴィルトゥオーソ音楽とは一線を画す。メンデルスゾーンの「無言歌」つまり言葉のない歌というタイトルは、この種のジャンルの精髄を端的に言い表している。それは「器楽だけで奏でられる歌(リート/詩)であって、言葉が沈黙することによって、より深い詩情の表現を目指す音楽なのである。
こうしたリストやワーグナーの標題音楽とは対照的なのが、3つ目の方向である。その代表者がウイーンの音楽批評家エドウアルト・ハンスリックで「音楽美について」に於ける音楽の内容とは鳴り響きつつ運動する形式であるという彼の言葉はあまりにも有名である。音楽は音だけで出来た絶対的な小宇宙であるべきであり、文学的なものはそこから徹底的に排除されなければならないというわけだ。「ベートーヴェンの第5交響曲は運命に打ち勝つ英雄を表現している」といった形式VS内容の2分法をハンスリックは徹底的に否定する。言語芸術のような、あるいは絵画のような意味するものと意味されるものという二重構造は、音楽には存在しない。この音楽は何を表現しているのか?という問い自体が無意味であって、音楽とは音楽以外の何物でもありえず、つまり絶対的であり、音楽の内容とは音楽の構造である。言語に可能な表現領域を徹底的に切り離すことでこそ、音楽は絶対的になる。これがハンスリックの考え方だった。
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