美貌とお金の等価交換としての結婚

　２０１７年のTBSドラマ「あなたのことはそれほど」の冒頭、ヒロイン渡辺美都（波留）とその親友・飯田香子（大政絢）は友人の結婚式に出席して結婚式場の廊下を歩きながら、自分たちの結婚観を語り合う。

　香子　二次会は全力で婚活だね。
　美都　もっと自然に出会う運命っていうか・・・
　香子　出た、運命。「６年２組、三好美都、将来の夢：お嫁さん」、卒業文集、あれ、みんな覚えてるよ。昭和かって。
　美都　他に大それた夢がなかっただけです〜。
　香子　でも、いまはそれが一番大それた夢だったりして。

　運命的な恋愛の先に結婚を妄想する美都に「昭和」というレッテルが貼られるのとは対照的に、香子は現実を見据えてカネを重視し、婚活に邁進する現代的な女性として描かれる。そして、香子は髪の薄めな男性と若い女性の新婚カップルを発見して、こう評する。
　香子　美貌とお金の等価交換。

　こうした見方が現代の婚活の一般的な前提だとすれば、その創始者は間違いなく「結婚とは「カネ」と「カオ」の交換」だと喝破した心理学者・小倉千加子ということになる。小倉は０３年のベストセラー「結婚の条件」のなかで「男の資源がカネであり、女の資源がカオであるなら、資源のバランスが結婚年齢とともに崩れるのは必至であり、女の側が必ず不利になる」と書き、「男女は決して平等ではない」と続けた。

　婚活アドバイザーの山田由美子は、男性側がお見合いでOKをもらいやすい基準として以下のものを挙げている。
　５歳〜６歳年下を希望するなら、年収５００〜６００万円は必要。
　８歳年下を希望なら、年収８００万円。
　１０歳年下を希望できるのは、年収１０００万円以上。（山田由美子「バランス婚活」２０１３年）

　こうしたドライな結婚の実相と共鳴するように、「結婚の条件」と同じ０３年、酒井順子による「負け犬の遠吠え」がベストセラーになる。この本は自らのように結婚しない女性を「どーせ負け犬ですよ」と旧態依然の社会規範から自虐的に切り取ることで規範から自由に生きる余地を獲得しようとするものであったが、同時に、その自由を積極的に選び取ったはずの女性たちがいかに「負け犬」を内面化しているか、既婚と未婚に勝ちと負けを対応させているかを、鮮明に描き出した。

　この２冊に共通していたのは、規範論（べき論）はさておき、社会の実相を正面から捉え、その社会通念を当事者たちも、意識的・無意識的に内在化してしまっている状況を明示したことである。酒井の「負け犬の遠吠え」は結婚しないことを正々堂々と問題視する言説を開鑿し、小倉の「結婚の条件」は結婚のお花畑イメージにメスを突き刺したのである。恥じらい抜きの結婚追求はこの頃から盛んになったのであり、後付で考えれば、婚活現象はこの頃からすでに生じていた。

　この婚活現象の追い風になったのが長く続く不況だった。カネとカオの交換は、男性がカネを持っていて初めて成立する。ところが、安定した正規雇用や定期昇給を見込むことが難しくなると、男性にとってカネの見返りに若くて綺麗な女性を得る夢を持つことすら難しくなる。男女の給与格差が縮小すれば相対的に男性の持つカネの有り難みも低減する。そんななか、小倉が早くから見通していた通り、若い女性たちのなかには、母親の期待を映すように、もはや珍種となりつつある専業主婦を目指して邁進するものが少なくなかった。
　こうして長期不況によってマッチングの不全が生じる。女性側にはバリキャリ独身を「負け犬」と呼ぶ空気が生じて専業主婦志向が戻ってきた。ところが、同年代の男性側も長期不況のもとかつての男性ほどには（つまり一人で１世帯の経費を賄うほどには）カネを用意できない。こうした状況を反映して、女性のなかにはカネを持っている年配男性に走る傾向も見られたし、そうでなければ必死によいスペックの男性を探したり、何かを妥協したりしなければならなくなった。それが婚活現象を過熱させ、婚活論の繁栄を築くことになった。