紫式部の時代の恋愛ツールは和歌だった!

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 <平安びとの贈答歌>
 紫式部が生きた時代の和歌の特徴は、贈答歌、つまりお互いに贈り合うために詠む歌が中心であった。贈答歌に対して、贈る相手がなく、自分の心を詠んだ歌は独詠歌と呼ばれました。贈答歌は、男女の恋愛にも欠かせないものでした。当時の風習では、贈答歌は先に男性から女性へ贈るのが基本。女性が先に贈るのは、相手の男性に対して強い気持ちを持っている場合が多かった。


 歌を贈られた女性は、歌を贈り返さなければなりません。この時、贈られた歌に使われている主要な語句を、必ず返歌に織り込まなければならないというルールがありました。それが、心を合わせることに繋がりました。また、返歌を贈る時に求められたのは、「切り返し」と呼ばれる技法です。「貴方のことを好き」と言われて「私も好きです」とストレートに返すのは野暮なことだとされていました。そうではなく、「他の人にも同じことを言っているんでしょ」というように「切り返す」ことが洗練された態度とされていた。しかし、「切り返し」は決して拒絶ではありません。むしろ恋愛に於ける駆け引きの一つでした。「切り返し」が巧みなほど、女性は高く評価され、男性の心はさらに燃え上がったのだ。それでは、拒絶の意思表示は何だったのでしょうか。それは「返歌をしない」ことです。


 当時、良い歌とされたのは、詠み手が発見した独自の世界を多くの人が共有できるような歌でした。有名な古歌の一部を引用する「引歌」という技法もあり、元になった古歌を知らないと作者の意図を理解出来ないので、過去の歌を学ぶことは貴族たちの教養の一つでした。特に「古今和歌集」を覚えることは必須で、紫式部の「源氏物語」にも、「古今和歌集」から引用した「引歌」が数多く使われています。


 紫式部の残した歌を見ると、恋の歌に留まらず、人生そのものを歌に昇華させていることに魅力を感じます。清少納言の歌からは、機知に富んで才気あふれる女性だということが分かります。平安びとたちの日常から生まれた歌が、現代の我々に感動を与えるのは、いにしえから変わらぬ普遍性を持っているからだと言えるでしょう。


<源氏物語と引歌>
 「源氏物語」では、登場人物が詠む歌だけでなく、会話でも「引歌」が行われている。光源氏は初恋の人である藤壺の死を悼んで「今年ばかりは」とつぶやくのだが、これは「古今和歌集」にある上野岑雄の歌「深草の野辺の桜し心あらば、今年ばかりは墨染めに咲け」からの引用である。友人を亡くして、桜も墨の色に咲いてほしいと願うほどの深い悲しみを、岑雄はこの歌に込めた。光源氏の「今年ばかりは」という言葉はこの歌を踏まえたもので、「古今和歌集」を知ったうえで読むと、藤壺を失った光源氏の深い悲しみが伝わってくる。


<道長の和歌の腕前>
 藤原道長の歌としてよく知られるのが、「この世をばわが世とぞ思う望月の 欠けたることもなしと思えば」。藤原実資が書いた日記「小右記」によれば、道長の娘である威子が後一条天皇の妃になったことを祝う宴で即興的に詠んだ歌だという。「道長が傲慢な人物だというイメージは、この歌から生まれました。この歌には返歌がなく、贈答歌にはなっていません。和歌としてどう評価するかは難しいのですが、ただその時の彼の気持ちがが素直に表れた歌だと思われる。挨拶などの歌も道長は非常に巧みに詠んでいます。






















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