お見合い結婚から恋愛結婚へ(高度経済成長による)

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 戦後、ようやく憧れの「ロマンチック・ラブ」に近づいた若者たち。


 とはいえ、親の意思に基づいて相手を選ぶ「見合い結婚」と男女が恋愛感情に基づいて結婚に至る「恋愛結婚」の割合が逆転したのは、60年代も後半に入ってからだ。


 このあたりの経緯は、中央大学教授・山田昌弘氏と少子化ジャーナリスト・白河桃子氏による「婚活時代」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の執筆が有名である。


 50年代半ば〜70年代前半(おもに昭和30〜40年代)にかけて、日本は空前の「高度成長期」を迎える。朝鮮戦争特需も大きかったが、最大の要因は、64年開催の東京オリンピックと70年開催の大阪万博。


 同じ頃、東海道新幹線や東名高速道路といった大都市間の高速交通網が一気に整備され、日本経済が急速に成長。私が生まれた68年には、国民総生産(GNP)が西ドイツ(当時)を抜き、世界第2位に輝いた。名実ともに「もはや戦後ではない」を立証したのだ。


 高度成長期の主役とされるのが、日本で一番人口が「団塊世代」。彼らの一つ上の世代ぐらいから、東京、大阪など都市部を中心に人手が必要とされ、人口集中が進んだ。そこで爆発的に増えたのが、いわゆるサラリーマンだ。


 1920年(大正9年)の国勢調査によると、当時のサラリーマン(毎月給与をもらえる職員)人口は、わずか150万人ほど。全国の就業者数全体(2580万人)から見ると、ほんの一部にすぎなかった。ところが高度成長期の前半、55年(昭和30年)になると、サラリーマン割合が44%にまで増加。さらに同後半の70年には65%を占めるまでになり、いまやその割合は9割弱にまで達している(総務省)。


 10代、20代の男性が大学生やサラリーマンとなり、親元を出て都会に移り住む。この頃から、昔ながらの近所付き合いも希薄になっていく。高度成長を支えた東京、大阪等の一般企業も、新卒の学生が大量に必要となった。


 適齢期の若い男性が、故郷からいなくなる。そして親元には戻らず、都会で就職を果たす。となれば、昔ながらに世話を焼いてくれる「お節介おばさん」も力を発揮しにくい。


 故郷のおばさんは、上京した独身男性と接点が減ってしまうし、男性がひとり暮らし(あるいは下宿)する都心部の近所のおばさんは、今度はあまり面識がない。


 そうした事情もあって60年代後半、お見合い結婚は恋愛結婚に抜かれ、どんどんその割合を落とすことになった。


 60年代後半の、見合いと恋愛の逆転劇。それはどちらかといえば、若者が「恋愛結婚したい」と強く望んで起こったというより、近所付き合いの希薄化や適齢期男性の流出によって「見合い結婚」がその割合を減らしたせい、と見る向きが強い。

 

 













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