大正ロマンは、セックスと恋愛と結婚の三位一体化

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 日本人の恋愛観が大きく動いたのが明治・大正時代である。
 西洋由来の大正ロマンと旧来型の「親や世間の目」の間で、男女が揺れた頃だ。


 ヨーロッパで誕生した「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」(性、恋愛、結婚の三位一体化)が日本に根付いたのは、戦後の高度経済成長期であった。だが、その概念と理想は、すでに明治の段階で日本に輸入されていたようだ。


 その大きなきっかけは、明治維新と印刷技術の進化だろう。特に印刷技術は、明治2年に長崎に伝わると急速に普及し、同10年までにほぼ全国に広がった。また同15年以降、活版の資材が安定的に安くなると、新聞や書籍を通じて庶民も西洋文化の一部に、ふれられるようになった(凸版印刷サイト「印刷博物館」)


 明治時代、書物でロマンチック・ラブを明確に打ち出した人物といえば、詩人で評論家の北村透谷。ニューイングランドの思想に影響を受けた彼は、「厭世詩家と女性」で、人間の最高価値を「恋愛」だとする恋愛至上主義のあり方を描いた。文中の「恋愛は人世の秘鑰なり」は、のちの作家に多大な影響を与えたことで有名だ。


 また大正時代、その透谷やスウェーデンの女性思想家エレン・ケイの影響を強く受けたとされるのが、英文学者の厨川白村。


 彼は、”Love is best"で始まる著書「近代の恋愛観」において、恋愛を「悠久永遠の生命の力がこもるもの」だと表現し、恋愛は必ず結婚や性、生殖に結びつくものだ、との考えを打ち出した。一方で、恋愛以外の配偶者選びを罪悪視し、愛のない見合い結婚を「売春結婚」であり「畜生道」にすぎないと非難し、社会的論争を巻き起こした。


 同じように、ロマンチック・ラブの定義を「明治時代に日本に輸入された、結婚を前提とする純愛のこと」だとするのは、慶応義塾大学経済学部・准教授のデビッドノッター氏(「純潔の近代」慶應義塾大学出版会ほか)だ。


 当時の男女、とくに女性が、ロマンチック・ラブに憧れた気持ちは、よく分かる。


 江戸時代まで「結婚は家のため」「夫への服従が当たり前」とされてきたのに対し、ロマンチック・ラブは、自分自身が「好き」と思う相手と、自由選択で恋愛、結婚できる(=恋愛結婚)かもしれない、との思想。これはとりもなおさず、女性の社会的解放をも意味したろう。
















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